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第30話 草薙の剣(くさなぎのつるぎ)として名古屋の熱田神宮さんにお祀(まつり)りしてごぜえやす [ミステリー小説]

草薙の剣

 「そのドラゴンの尻尾から鉄の剣(つるぎ)が発見されたんでござんすよ」鉄は、剣を抜くまねをした。
 
 「とてもおもしろい御伽噺(おとぎばなし)ですね」とキャシーが言うのを聞いて、鉄は、
 「御伽噺(おとぎばなし)なんかじゃござんせんぜ。現に、その時の剣(つるぎ)が三種の神器(さんしゅのじんぎ)のうちのひとつの草薙の剣(くさなぎのつるぎ)として名古屋の熱田神宮さんにお祀(まつり)りしてごぜえやすから」と、眉を寄せていった。

 神田(かみた)は、「待てよ、ひょっとして、斐伊川(ひいがわ)の氾濫(はんらん)か、山津波で、上流から鉄剣が流されて来て、それの発見がこの古事記の話の元になっているのかもしれないな」と思った。

 現実に1984年(昭和59)には、谷間の急斜面から358本という大量の銅剣が発見され、日本中を驚かせたではないか。

 神田(かみた)はキャシーのほうを向いて、「その、八岐大蛇(やまたのおろち)の赤い腹は、砂鉄で赤く染まった川を表し、さらに、大蛇(おろち)の尻尾から鉄剣が発見されたという、このお話は、出雲の地方が古代から製鉄が盛んだったことを伝えていると言われているんですよ」と、鉄の話を捕捉するように言った。
 
 「今でも安来市(やすきし)の日立金属は世界最高の鋼(はがね)、ヤスキハガネを製造していますからね」と、神田が言うと、キャシーは、
 「そうですか。以前、咲姫(さき)に日本刀を見せてもらったことがありますが、とてもきれいでした。西洋の刀とはまるでちがいますね」
 「でしょ?中国山地の砂鉄を使ってタタラという日本独特の製鉄法で作られたものですからね」と言いながら、キャシーの日本に対する関心の高さを改めて感じた。

 鉄は、
 「あっしの匕首(あいくち)も・・・」
 「あんた!!」
 「おっと、こりゃ、面目ねえ」と頭に手をやり頭を下げた。

 「鉄を制するものは国を制するって言いますけど、昔の出雲も力を持っていたでしょうね」キャシーは、神田の意見を求めるように顔を見て、
 「日本だけでなく、世界の歴史を見てもそうですから」と、付け加えた。
 神田は、
 「そうですね。出雲の勢力圏は今の新潟や信州、紀伊半島、さらには北部九州にまで及んでいたと言う説もありますからね」と、言って、
 「女将さん、お茶を」と湯飲みを持つ格好をした。

 「新潟には出雲崎(いずもざき)と言うところがありますし、鉄さんの田舎の信州は、さっきの国譲り神話の話に出てきたように、天照大御神(あまてるおおみのかみ)から命令された建御雷之男神(たけみかつちのおかみ)に力較べで負けた健御名方神(たけみなかたのかみ)の亡命先になっているし・・・」ここまで言うと、キャシーは、
 「そうでした。それで、逃げて来たその出雲の神様を閉じ込めているのが諏訪大社でしたね」言った。
 神田は
 「キャシーさん、よく覚えていますね」と驚いた。
 「頼朝の居た伊豆(いず)も出雲(いずも)と関係がありそうですしね」と言い、鉄には聞こえないように、
 「それに、一般には弁慶の出身は和歌山だと言われていますから」と、付け加えた。
 鉄は、
 「え?何ですかい?」と、耳を神田のほうに向けた。

 「咲姫(さき)、どうかしましたか?」キャシーは、咲姫が先程から黙っているのが気になって尋ねた。
 咲姫は、
 「いえ、なんでもないのよ。ただ・・・」と、言葉を濁(にご)した。
 「ただ・・・、何ですか?少しお酒飲み過ぎましたか?」キャシーはそう言って、咲姫の前にある空になったグラスを見た。

 咲姫は、
 「キャシー、私は、キャシーも知っているようにウワバミなのよ」と言って笑った。
 「ウワバミ?」キャシーは眉を寄せて、首をかしげた。
 「ふふ、大酒飲み、お酒には強いってことよ。これくらいでは・・・」
 神田も笑って、
 「ははは、学生時代から八岐大蛇(やまたのおろち)なみだったからな、咲姫ちゃんは」
 「あら、そんな風に思っていたの?」と、咲姫は、怒ったふりをした。
 「いや、いや」神田は目の前で手を振り、
 「で、どうしたんだい?」神田も、咲姫が急に黙ったのが気になっていたのだ。

 「さっき、ご主人が、出雲の鉄から、そして、弁慶と鉄の関わりについてお話されたでしょ」そう言って主人の鉄の顔を見た。
 「それで、頭の中が急に熱くなってきて、いろんな考えがクルクル廻ってね・・・」と、右手の人差し指をクルクル回した。

 神田は咲姫が何を言い出すのだろうかと怖くなった。
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第29話 確かに、弁慶の周りには、鉄にまつわる言い伝えが多いですね [ミステリー小説]

弁慶

 「神田のだんな」鉄が遠慮がちに言いながら、手を拭き拭き、カウンターから出てきた。
 「何ですか?」神田(かみた)は、鉄がカウンターから出てくるのを初めて見た。

 「さっきから、弁慶さんのお話をされていらっしゃるようですが」そう言って、木の丸椅子をテーブルの下から出して座った。
 「ああ、どうやら、鉄さんがさっき言った、毛利元就(もうりもとなり)の三本の矢の教えの、その三本の矢は、どうやら弁慶の命を奪った矢じゃないかってことになったんですよ」と今度は左手で右肩を揉んだ。

 「へー、弁慶さんのねー。いやね、弁慶さんと言やー、出雲(いずも)の出身でござんすからね、あっしもちょいと関(かか)わりがござんしてね」と、頭に巻いた手拭(てぬぐい)を外した。
 「あんた、もう、止(や)めときなさいよ」笑いながら、奥から女将が出てきた。
 「いえ、女将さん、面白いじゃないですか。関わりがあるだなんて。聞かせて欲しいな」咲姫も興味津津(きょうみしんしん)の顔をして振り返った。
 
 女将はテーブルを拭きながら、
 「関わりなんて大袈裟(おおげさ)なんもんじゃないですよ。ただ名前が山田鉄男だというだけなんですよ」と、軽く言った。

 「山田鉄男という名前が関わりがあるんですか?」神田は、鉄の話に興味がわいてきた。
 「いえね、あっしの親父は実は、山田一鉄(やまだいってつ)っていいやして、爺さんは山田鉄心(やまだてっしん)っていいやすんで」
 「皆さん鉄の字が入るんですね」
 それを聞いていた咲姫の顔が、ぱっ、と赤みを帯びた。
 「でも鉄さん、弁慶は紀州の出身じゃあ・・・」と神田が言いかけると、
 「とんでもねぇ。まあ、そいつぁー、よく言われるこってござんすがね、弁慶さんは、正真正銘、出雲のご出身でござんすよ」鉄は、両手を膝について、肩を張り上げて、言った。
 「弁慶さんのお生まれになった場所もハッキリしてやすし、母上のお墓もごぜえやす」顔色もやや赤くなっている。

 「もう、神田さん、すいませんね。弁慶さんの話になるとこの人ったら、いつもこうなんです」女将は苦笑いしながら言った。
 「いやね、あっしの遠いご先祖さんは出雲の出身でしてね、出雲って言やー、鋼(はがね)、鉄でござんすからね。それで、山田家の男共の名前には、みーんな、鉄、の字が入っているんでござんすよ」

 「弁慶と鉄と関係があるんですか?」
 「そいつぁー、おおありでござんすよ、神田の旦那」鉄は体を前に倒し始めた。

 キャシーは、笑みを浮かべて鉄の話を聞いている。

 しかし、咲姫の顔は赤みを帯び、真剣な表情のままだ。

「弁慶さんのお袋さんは弁吉(べんきち)さんと言いやしてね、このお袋さんが紀州のご出身でござんすよ。で、弁慶さんを身ごもった時に、あんまりつわりがひどくてね、それで、鉄の鍬(くわ)を食べて、十本目の鍬(くわ)を半分食べたときに弁慶さんをお生みになられたんでござんすよ」鉄の目は真剣そのもので、神田も笑いをさしはさむ余地などなかった。

 「鉄さん、その話は聞いたことがあるよ」と、神田が応えると、
 「そうでござんすかい」と、鉄は喜びを顔に表し、
 「おい、おとみ、さすがに、神田のだんなはご存知だぜ。こいつぁー間違えねぇーぜ」と大声を上げた。

 「何しろ、弁慶さんは、お袋さんが身ごもってから十三ケ月目の仁平元年三月三日にお生まれになり、そのお姿は髪も長く、歯が二重に生えて、すでに二、三歳児のようだったってんですから驚くじゃありやせんか」と、腕組みをして、しきりにうなずいた。

 鉄は、右手で左肩をさわり、
 「さらに左肩には、摩利支天、右肩には、大天狗、の文字があったんでござんすからねぇ。立派なもんでごぜえやすよ」とますます声が大きくなった。
「鉄さんは弁慶のことに詳しいんですね」神田は笑いながらも、鉄の意外な面を見て驚いた。
 「へへ、こりゃ、面目ねえ。あっしは、小せえ時分に、爺さんから、弁慶さんについちゃあ、さんざん聞かされていやしたからね。それで、あっしも弁慶さんのように薙刀(なぎなた)を背負って歩きたかったんでござんすよ」
 
 それを聞いた女将が、
 「ぷっ」と吹きだしたが、鉄はそれには構わずに、
 「それが、へっ、どこでどう間違っちまったか、匕首(あいくち)を持って、・・・へっ、こりゃ、面目ねえ」と、話を続け、右手を頭にやった。

 神田は、鉄の話を聞いて、
 「うーん、確かに、弁慶の周りには、鉄にまつわる言い伝えが多いですね。さっきの、お袋さんが十丁の鍬(くわ)を食べて弁慶を生んだとか、全身は鉄で覆われていたけど、のどぶえの四寸四方だけはむき出しだったとか」
 「弁慶さんの泣き所ってやつでござんすね」
 
 「今では、七つ道具って言えば選挙の七つ道具なんかによく使われる言葉だけど、もともとは、弁慶が背負っていた・・・」神田は弁慶の姿を頭に描きながら指を折って道具を数えた。
 「薙刀(なぎなた)や鉄熊手(てつくまで)、鉞(まさかり)大槌(おおつち)、のこぎり、なんかを言ったんでしょ?それらは全部、鉄を使って作られた道具ですからね。あと、さすまた、と・・・何だったかな・・・」と考えていた時、
 「源平の合戦の後、弁慶さんが義経さんとご一緒に、出雲へいらした時にゃあ、大山寺の釣鐘(つりがね)を、昔、弁慶さんが修行をなすった鰐淵寺(がくえんじ)まで担(かつ)いで帰られたんですからね。立派なもんでござんしょ!?」と、鉄が自慢げに言った。

 「エ、ええ、まあ。それに、出雲は砂鉄発祥(さてつはっしょう)の地ですし、鉄にまつわる話は古事記の昔からありますからね」確かに、鉄の話になると弁慶の周りにはたくさんある。

 「へい。八岐大蛇(やまたのおろち)のお話も、そうでござんしょ?」と、鉄は神田に聞いた。
 キャシーが、
 「オロチ、って何ですか?」と鉄の顔を見た。
 「大きな蛇でござんすよ。ドラゴンって言うんですかい?英語では?」
 女将が、テーブルを拭きながら、またもや「ぷっ」と吹いたが、鉄は、それには構わず、
 「そいつは、こう、頭が八つ、尻尾(しっぽ)も八本ござんしてね」と身振り手振りで話し始めた。
 「目はホウズキのように赤く、体には苔(こけ)や桧(ひのき)、杉なんぞが生えていやしてね、腹はただれていつも真っ赤な血が流れていやして・・・」ここまで言うと鉄は立ち上がり、
 「その体は、八つの谷と八つの峰にまたがるほど大きかったと言われているんでござんすよ」と、両手をいっぱいに広げた。

 その話を聞きながら、神田は先日の宮島の山津波を思い出した。
 そして、昭和20年の枕崎(まくらざき)台風で発生した山津波は、先日、神田達が経験した山津波の数倍の規模であったことを思うと、まさに、大きな岩をゴロゴロと転がし、流れてくる途中でなぎ倒した大木を泥流(でいりゅう)に突き立て、大きく波打って谷を流れる様子は、八岐大蛇(やまたのおろち)が獲物を追いかけている様(さま)そのものであったことだろうと思った。
 
 そして、その時発生した、山津波は、何百トンもの土砂で紅葉谷(もみじだに)を埋め尽し、その土砂の中から、鉄の棒が発見されたのだ。
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第28話 三本の矢は弁慶の命を奪った矢ではないかと [ミステリー小説]

 鉄の棒に閉じ込められた三本の矢は、宮島、富士山、熱田神宮、それらは海の民、山の民、里の民の支配、すなわち、日本の国土を支配することを意味していた。

 しかも、その三本の矢は、日本国の支配者であることの証明書とでも言うべき、三種の神器(さんしゅのじんぎ)、すなわち、八咫鏡(やたのかがみ)、八坂瓊曲玉(やさかのまがたま)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)と関連がある。

 そしてそれは、源頼朝と義経の確執にも繋(つな)がり、さらには、大江広元(おおえのひろもと)へ、そして、毛利元就の三本の矢の説話もここから生まれたのではないかとも考えられるのだ。

 そして今、咲姫は、その三本の矢は弁慶の命を奪った矢ではないかと言うのだ。

 「弁慶は、義経が持仏堂(じぶつどう)の中で自らの命を絶つのを邪魔させまいとして、持仏堂の前で無数の矢を体に受けながらも薙刀(なぎなた)を地に突き立て、仁王立ちのまま絶命したといわれているわね」咲姫は姿勢を正して話を続けた。

 「五条の橋の一件以来、常に義経の身を守り、支えてきた弁慶の最期(さいご)に相応(ふさわ)しい立ち往生だったろうな」神田も感慨深げに言った。そして、
 「弁慶は修験道のネットワークを駆使して、義経の逃避行の先導役を務め、義経を支えてきたのは事実だろう」そう言うと、神田は、炊き込みご飯を瞬きもせずに顔を前に向けたまま、一口食べた。
 「でも、逆にそのネットワークを伝わる情報が逆流して頼朝サイドへも流れてしまったということも十分に考えられると思わない?」
 「そもそも、弁慶自身は修験道グループのアウトローだったじゃないの」
 「あー、たしかに、比叡山を追い出され、各地を転々とした後に、修行中の書写山(しょしゃさん)の圓教寺(えんぎょうじ)の堂塔に火を放って大騒動を巻き起こしたりした、まさに、暴れん坊だよね」

 「牛若丸と出合ったのも、その償(つぐな)いのために、千本の刀を得て、お寺再建の釘代を工面しようとしたためだったんだからね」と、弁慶が京の五条の橋の上で牛若丸と闘うシーンを思い浮かべた。

 「反弁慶派の存在があってもおかしくはないわ。修験道の反弁慶派のグループが、来るべき頼朝の天下で優位な位置を得ようとする目論見と、頼朝と大江広元(おおえのひろもと)の目論見が一致したのじゃないかしら」と言うと、
 「つまり、義経と弁慶の排除、という点で一致したって言うことか」と、神田が繰り返した。
 咲姫がさらに、
 「そして、義経の首と、弁慶の命を絶った三本の矢が頼朝の元へ届けられる予定だったけど・・・」と言うと、
 「頼朝の首は腐敗してしまい、首実検に耐えられる状態ではなくなり、三本の矢だけが頼朝の元へ届けられた」神田はその後を続け、「なるほど」十分に考えられるな、と思った。

 「頼朝は自分自身で義経の死を確認できなかったために不安で慄(おのの)き、政(まつりごと)に支障を来たすことを危惧(きぐ)した大江広元は、弁慶と義経の怨霊(おんりょう)を封じ込めるために三本の矢を鉄の棒に閉じ込めて、海、山、里の象徴である宮島、富士山、熱田神宮のそれぞれに閉じ込めた」神田は一気にここまでしゃべり、息を吸い込み、
 「これでご安心召されよ、天孫降臨(てんそんこうりん)の古(いにしえ)よりの要(かなめ)の地に三本の矢をお祀(まつ)りすれば、頼朝様の天下掌握は磐石(ばんじゃく)のものとなります、と、こういう訳か」うーん、と神田は目を閉じ腕を組んだ。

 咲姫は炊き込みご飯を一口に運び、じっくりと味わうと、
 「その実際の作業は、修験道の役小角(えんのおづぬ)の末裔達(まつえいたち)が手を貸したのだと思うわ」と、続けた。
 神田(かみた)は、腕組みをして息を吸い込み、
 「ふーっ」と、息を長く吐き出した。

 咲姫(さき)も炊き込みご飯の椀を左手に持ち、右手には箸を持ったまま、ぼんやりと壁を見つめていた。

 そんな様子を見て、キャシーが、
 「ふたりとも疲れましたか?」と顔に笑みを浮かべて、下から咲姫の顔を覗き、そして、神田の方に向かって、片目を閉じてウィンクした。

 「い、いや、・・・これから先のことを思うと、体に鉄のよろいを着けているようですよ」と言いながら、右手で左肩を揉んだ。そして、
 「鉄の棒が宮島、富士山、熱田神宮に隠され、いや、祀(まつ)られていた、と言うべきかな。その理由は咲姫ちゃんの推理通り、頼朝にとって邪魔になった義経と弁慶の怨霊(おんりょう)を封じ込めるため、そして、そうすることが頼朝の日本支配を磐石(ばんじゃく)にするためだとしても、・・・そもそも、どうして、その三本の矢を必要とする人間がいるんだ?」天井を見上げて、首をコキ、コキ、と鳴らした。

 咲姫(さき)も、口の中で、
 「何のために・・・」とつぶやいた。

 神田も
 「どうして、中国はそれを狙ったんだ」と自分に問いかけた。
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第27話 頼朝の母も役の行者の信者で、霊鬼(れいき)を胎(たい)して、生まれた子が頼朝で、鬼武者(おにむしゃ)と名付けた [ミステリー小説]

義経の首

 「大江広元(おおえのひろもと)は頼朝の懐刀(ふところがたな)、頭脳でもあったといわれているでしょ。彼がいなかったら頼朝の存在はなかったと思うわ」咲姫は、キャシーのほうを向いて、
 「ごめんね。ちょっと退屈でしょ」と言うと、キャシーは、
 「大丈夫です。日本の歴史は興味あります」と、膝(ひざ)を組みなおした。

 「確かに、頼朝の重要な政策には広元の意見がかなりの部分で取り入れられているよね。守護地頭の設置とかさ」歴史の授業で、何度も繰り返し聞いた言葉だ。
 「おそらく、この三本の鉄の棒の件も広元の意向だと思うわ」咲姫は少し首を傾けて、
 「今の腰越状(こしごえじょう)の件以降、義経は結局逃亡生活に入り、最後には自刃(じじん)してしまうわけだけど、頼朝は、義経の死を最後まで確信できなかったのじゃないかしら」と、続けると、神田の顔を見た。

 「確かに。頼朝は疑り深い性格だったらしいからね。だから、最後まで義経を信用できなかっただろうね」
 神田(かみた)は、昔、本で読んだ記憶を呼び起こし、 
 「岩手県の高館(たかだち)から頼朝のいる鎌倉まで義経の首を運んだけど、43日もかかったらしいからね。しかも夏場の暑い盛りだから、義経の首実験をするどころではなくて、海辺に捨てられ、頼朝自身は、実際には義経の首は見ていないと言う説が主流らしいね」昔聞いた義経にまつわる諸説を思い出した。
 「そういった話から義経は蒙古(もうこ・モンゴル)に渡ってジンギスカンになった、などという説をとなえる人まで出て来たんだろな」神田はつぶやくように言い、確認するかのように、
 「ともかくも、頼朝自身は義経本人の首を確認出していないんだ」と繰り返した。

 「そうなると、どうなると思う?疑り深い頼朝は、不安で仕方なかったと思うわ」咲姫(さき)は顔を神田のほうに向けた。
 「いつ、義経が現れて、頼朝に反旗を翻(ひるがえ)すか。そればかり気になったのじゃないかしら?」
 神田は腕組みをし、
 「大江広元(おおえのひろもと)は、その様子を見て、んーん、・・・」と、しばらく考えて、
 「そうだな・・・このままではいけない。このままだと奥州を攻めるどころか、後白河法皇が再び策を巡らし頼朝の権勢を削(そ)ぎにかかるかもしれない、・・・と、考えただろうな」と、やや、自信無げに言った。

 「そこで、どうやって、頼朝を安心させるか」咲姫は、神田の推理の次を推測した。
 「義経の首は、本物であろうと偽物(にせもの)であろうと、頼朝自身が疑いを持っているのだからどうしようもない。でしょ?」と、神田に同意を求めた。
「そうすると、頼朝に安心させるには、どうしたか・・・だな」神田は膝を組み、腕を組んで小首をかしげた。

 「義経は自害して果てました、もうこの世にはいません。頼朝様の前に現れることは二度とありませんからご安心下さい、と、安心させるためには」と、ここまで言って、神田の頭の中で、ぼんやりとではあるが、何かと何かが繋がってきたような気がした。

 鎌倉の鶴岡八幡宮も保元、平治の乱以来頼朝によって滅ぼされた怨霊(おんりょう)を鎮(しず)める役割を担っている。
 「そして、頼朝自身も義経の影に怯(おび)えることなく政(まつりごと)に専念するためには、おそらく、頼朝が深く信仰していた修験道の助けを借りたののじゃないかしら?そもそも、頼朝の母も役の行者の信者で、霊鬼(れいき)を胎(たい)して、生まれた子が頼朝で、鬼武者(おにむしゃ)と名付けたくらいですもの。」
 「咲姫は、さすがに、宗教関係のことについては詳しいな」と神田は改めて思った。

 「お待たせをいたしました」女将が、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁と炊き込みご飯を運んできた。
 キャシーは、
 「んーん。いい香りですね」と背筋を伸ばして、盆の上にある料理を覗(のぞ)き込んだ。
 「野菜と米は、大山の麓(ふもと)の契約農家の有機でござんす」カウンターの中から、主人の鉄が声をかけた。
 
 女将が、
 「お待たせいたしました」と湯気の立っている、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁と炊き込みご飯を運んできた。
 キャシーは、
 「私、炊き込みご飯、大好きです」と声を上げ、テーブルの上の空(から)になった器を脇によせた。
 女将は、
 「お口に合いますかどうか」と言いながら、テーブルの上に並べた。

 「日本の料理は健康的でいいですね。私は、咲姫(さき)がスマートな理由が日本に来て分かりました」と、笑いながら言った。
 「それと、剣道ね」咲姫は言った。
 「あら、こちらさんは剣道をやってらっしゃるんですか?」女将は、驚いた顔をして咲姫を見た。

 「ああ、女将(おかみ)さん、この人は学生時代から剣の達人で、面を打たせたら、ちょっと敵(かな)う者はいないよ」神田は少し自慢げに言った。そして、
 「あっ、そうだ。あの時の郷戸(ごうど)は、ここの親父さんがしばらく面倒を見ていたんだよ」と、カウンターの中にいる鉄を見た。
 「あらっ、そうなんですか」咲姫も、驚いた様子で鉄のほうを向いた。
 「あの郷戸さんが・・・」咲姫の脳裏に、郷戸の刃のように鋭い印象の顔が浮かんだ。

 キャシーは、一瞬、郷戸(ゴウド)と言う言葉に反応して顔を上げたが、両手で、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁の椀を包むようにもって香りをかぎ、
 「うーん、いいにおいですね」と瞳を閉じて、満足そうな顔をした。神田は、そのキャシーの様子に少し違和感を感じたが、
 「あいつも、今頃どうしているんでござんしょうかね」と言う鉄の言葉と
 「不思議なものね。いろいろな目に見えない繋(つな)がりが私たちにはあるのね」と言う咲姫(さき)の言葉に神田は黙って軽くうなずいた。

 「そうでござんすね。あいつもにも、こうして噂をしてくださる御仁(ごじん)がいらっしゃるってえのに・・・全く、生きているのか死んでいるのか、人様に迷惑でもかけていやがるんじゃねえかと、あっしらは心配でござんしてねェ。なぁ、おとみ」と女将の顔を見た。

 「おっと、いけねエ。湿っぽい話はナシにしやしょう」鉄はそういうと、くるりと背を向けて、鉄瓶(てつびん)の湯を急須に入れた。

 神田はカウンターの中の鉄から咲姫に目を移して、
 「咲姫ちゃん、さっきの続きだけど・・・」と、話の続きを促(うなが)した。

 「ええ、それでね、私は、大江広元(おおえのひろもと)のことだから、義経の首を鎌倉に運ばせたのと同時に、別のものも運ばせたのじゃないかと思うの」そう言いながら、咲姫も、すまし汁の椀から立ち上がる湯気に少し顔を倒して鼻をよせた。
 「別のもの?」神田も箸を取り、すまし汁の椀を左手で持った。
 「そう、夏の盛りに首実検をするのは難しいことを見越して、いわば、予備の証拠品を別ルートで運ばせたんじゃないかと思うの」ここまで言って、すまし汁を一口すすった。

 そして、椀を置き、
 「あるいは、最初から、義経の首とセットで頼朝宛てに届ける予定になっていたとも考えられるわ」右手で箸を取り上げて、左手と共に、それを揃(そろ)え直した。
 そして、
 「これは、かなりの部分で、私の推測が入るけど、状況から見ると、そういうふうに考えるのが理にかなっていると思うの」そう言うと、
 「つまり、義経の首と、もうひとつ、これさえあれば、義経の死は確実に証明できる、そんなものよ」と続けた。

 「何だい?その別のものっていうのは?」神田はすまし汁から立ち上がる湯気を通して咲姫を見つめた。

 咲姫は、すまし汁を一口すすり、椀をテーブルに置くと、
 「義経と頼朝、そして修験道と矢、どう?何か思いつかない?」
 
 「矢、義経の死・・・」神田は、しばらく考えて、
 「あ!それはひょっとして・・・」神田が次の言葉を言う前に、
 「弁慶の立ち往生(おうじょう)」咲姫は言い切った。
 「あーッ!! じゃあ、あの、鉄の棒に封印されている矢は・・・」
 「おそらく、弁慶の命を奪った矢よ」

第26話 義経が壇ノ浦の戦いで捕虜にした平宗盛(たいらのむねもり)を連れて鎌倉に入ろうとした時には、頼朝は義経に鎌倉入りを許さなかったの [ミステリー小説]

 「頼朝、義経兄弟の確執は確かにあったと思う。頼朝は義経の人気に嫉妬(しっと)し、義経の天才的な知略を恐れたのは確かだろう。頼朝にしてみれば、自分は正室の長男、義経は妾(めかけ)の子。その妾の子が自分よりも人気が出てきたのは面白くないだろう、とは想像できる。でもそれが今回の三本の鉄の棒にどう関わってくるんだい?」
 「さあ、ここからがこの問題の核心ね」咲姫は正座をしたままテーブルの方へ少しにじり寄った。
 「さっき、ご主人が、三本の矢、と言えば、毛利元就(もうりもとなり)様だ、と言われたでしょ。それを聞いて、ぱっ、と、ひらめいたの」そう、やや大きな声で首を伸ばし、カウンターの中の鉄に聞こえるように言った。

 「へへ、そりゃ、面目ねえ」鉄は背筋を伸ばし、座敷のほうを向いて、笑顔で頭を下げた。

 「神田(かみた)君が言ったように、義経は、次々と平家軍を打ち負かし、民衆の人気もうなぎのぼりになり、後白河法皇(ごしらかわほうおう)も義経びいきになってしまったでしょ」
 確かに、法皇は義経に次々と官職を与えている。
 「法皇の、義経と頼朝の仲を裂く作戦だったようだけどね」
 「そうね。頼朝の義経に対するライバル心をうまく利用した法皇の作戦勝ちってとこね」

 「法皇は頼朝を牽制(けんせい)するために純な義経をうまく利用したのだろうな」
 「それはともかく、義経が最終的に壇ノ浦の戦いで平氏一門を滅ぼすと、頼朝は考えたのよね。このまま義経が力を蓄えたまま、法皇の後ろ盾を元に奥州の藤原一門と手を組んだら、自分自身が危ない、と」



 「そして、義経が壇ノ浦の戦いで捕虜にした平宗盛(たいらのむねもり)を連れて鎌倉に入ろうとした時には、頼朝は義経に鎌倉入りを許さなかったのよね」咲姫はほんの一瞬まぶたを閉じた。
 「ああ、義経にしてみれば、兄の頼朝からどうして嫌われるのか分からず悩んだだろうね」神田はそう言うと、唇を一文字に結んだ。
 「そこで、義経は、頼朝に対する忠誠心や、弟として兄に対する心情を文書にして、頼朝の参謀に、頼朝との仲のとりなしを頼んだわけね」咲姫は右手でペンを持つ格好をした。

 「それが有名な腰越状(こしごえじょう)だね。今も下書きが残ってて、それを読むと、義経の純真な心が伝わってくるよ。もし、頼朝がそれを読んでいたら、歴史は変わっていたかもしれないね」神田は咲姫の同意を求めるように咲姫の顔を見た。
 咲姫は神田の視線を頬で受けながら軽くうなづいた。
 「ところが、その文書は、握りつぶされ、頼朝に義経の気持ちは伝わらなかったんだからね。かわいそうなもんだよ」神田は首を振った。

 「その文書を握りつぶしたのが大江広元(おおえのひろもと)、毛利元就のご先祖様よ」咲姫は、やや強い口調でそう言うと神田の顔を見た。
 「そうか!そうだったね」
 神田(かみた)は、この店の主人、鉄が言った、三本の矢といえば毛利元就様だ、という言葉から、一挙にここまで推理の枠を広げ、絡(から)んだ糸をほどいていく咲姫(さき)の推理に驚いた。
 そして、咲姫が、三本の鉄の棒をめぐって、謎の大男と中国との関わり等、複雑に絡み合った糸を、一本一本ほどいていることを感じていた。

 神田は、今回の事件により、今までは見過ごされてきた、日本の陰の歴史の一部に光をあてることが出来るのではないか。また、その一方で、このまま行くと、現在の国際政治の闇の中で蠢(うごめ)いている得体の知れない何かに、自分達が巻き込まれるのではないかという漠然(ばくぜん)とした不安が湧き起こってきた。

 「もう、このあたりで手を引いた方が無難かもしれない」神田はそう思い始めていた。

 しかし、歴史の糸はすでに神田や咲姫、キャシーまでにも絡まり始めていた。
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第25話 三種の神器(さんしゅのじんぎ)は、日本の支配者の証明書であると同時にそこには海、山、里を支配下に治(おさ)めようとする強い思いが込められている [ミステリー小説]

 三種の神器

 「天皇様が天皇様であるための証(あかし)で最も大事なものは・・・」咲姫(さき)がここまで言うと、神田(かみた)は、
 「三種の神器(さんしゅのじんぎ)だろ」と、先に口にした。

 「そう。天孫降臨(てんそんこうりん)、つまり、ご皇室のご祖先様が朝鮮半島から日本へ来るときに、天照大御神(あまてるおおみのかみ)が孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)に与えた身分証明書みたいなものね」

 「八咫鏡(やたのかがみ)、草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかのまがたま)だ・・・ね」神田は膝を組みなおした。

 「この鏡、剣、玉、って聞いて、何か思いつかない?」咲姫が再び神田に問いかけた。
 「ん?・・・」咲姫(さき)の問いかけに右肘(みぎひじ)をテーブルの上に置き、体を咲姫のほうへ向けた。
 咲姫(さき)は続けて、
 「天皇様のご先祖様が朝鮮半島からこの日本へやって来る最初の難関はなんだと思う?」と神田に微笑みながら尋ねた。

 「最初の難関?・・・それは、玄界灘(げんかいなだ)だろうな。俺も何年か前に韓国へフェリーで渡ったことがあるけど、それは、穏やかな瀬戸内海とは大きな違いがあるよ」と、地理的なことしか思い浮かばず、それを口にした。

 「でしょ。おそらく、彼らが初めて瀬戸内海を見たときには、鏡のようだ、と思ったでしょうね」
 咲姫の考えもまた、意外にも、神田と同じ考えであった。
 咲姫は間合いをおかずに、
 「そして、山から取れる石を材料にした勾玉(まがたま)」と、続けた。
 「!」
 「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)は日本武尊(やまとたけるのみこと)が焼津の草原で敵に火を放たれ危機に陥った時に、草を薙(な)ぎ払ってその危機を脱したお話があるでしょ。その時の剣が草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」
 「薙(な)ぎ払う、つまり、平定っていうことか」
 「三種の神器(さんしゅのじんぎ)の、鏡は海、勾玉(まがたま)は山、剣(つるぎ)は里、と、ぴったり重なり合うのよ」


 咲姫は、
 「三種の神器(さんしゅのじんぎ)は、日本の支配者の証明書であると同時にそこには海、山、里を支配下に治(おさ)めようとする強い思いが込められていると思うの」と、もはや、推測ではなく、事実であるかのようにはっきりとした口調で言った。
 「うーん、すると、鏡の宮島、勾玉(まがたま)の富士山、そして剣(つるぎ)は・・・」と、神田が口にした疑問に咲姫は、
 「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)は熱田神宮(あつたじんぐう)にご神体(しんたい)として祀(まつ)られているわ」と、幾分緊張した顔で言った。
 「あっ!!」思わず声が出た。そうだった、神田は、その剣(つるぎ)は、終戦後、占領軍による没収を恐れて、一時、密かに別の場所に移されていた時期があった、という噂を聞いたことがある。
 
 咲姫(さき)は、テーブルの上のグラスに手をかけ、
 「そして、これらの神社に共通することは、厳島神社(いつくしまじんじゃ)、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)、そして、熱田神宮(あつたじんぐう)の宮司(ぐうじ)は、日本の神社の三大宮司なの」と、そのグラスを持ち上げた。
 「なんだって!」
 「しかも、頼朝の母親は熱田神宮の宮司の娘なのよ」と、神田のほうに向け、乾杯の仕草をした。

 「あっ、そういえば、熱田神宮の大宮司は藤原季範(ふじわらのすえのり)だったね」そうだった、神田は組んだ膝頭を、ポン、と叩いた。

 確かに、頼朝は父、源義朝(みなもとのよしとも)と、藤原季範(ふじわらのすえのり)の娘の由良御前(ゆらごぜん)に生まれた子だ。しかも、義経とは違い、母親は頼朝の正室、いわば、正真正銘の源氏の直系になる。

 「日本の、いわばトップ3のひとりの宮司の娘が頼朝の母親かぁ。しかも、海と山に加えて里を平定する意味のある草薙(くさなぎ)の剣が祀(まつ)られている、となると、なるほど、咲姫(さき)ちゃんの言う通り、三本目の鉄の棒は、熱田神宮に隠されている可能性が高いね」神田は、咲姫の推理の鋭さに驚いた。



 「それと、今思い出したわ」咲姫は背中をそらせ、
 「頼朝が源氏の再興(さいこう)を願って足しげく通った三嶋大社の中には、頼朝の妻の北条政子が深く信仰していた厳島神社があるのよ」と、以前、剣道大会が開かれた時に立ち寄った大社の姿を思い浮かべながら言った。

 「これはもう決まりだな」神田は、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)にも厳島神社があったことを思い出した。

神田(かみた)が、グラスを持ち、咲姫(さき)とキャシーの方にささげ、乾杯の仕草を取ると、咲姫も再びグラスを持ちグラスを上げた。
 キャシーも、よくは分からないまま、にこりと微笑み、グラスを上げ、三人は、コチ、コチ、と、グラスを鳴らした。
 三人はカラン、と、氷を鳴らし、それぞれのグラスを空にした。

 女将が、
 「問題解決ですか?」と声をかけた。
 神田は、苦笑いをしながら、
 「そう願いたいところですが、次の問題が・・・」と言うと、咲姫のほうを向いて、
 「咲姫(さき)ちゃん、最初に言った、頼朝が恐れていたのが義経だって件を聞かせてくれよ」そう言うと、女将に向かって、
 「あ、女将さん、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁と炊き込みご飯を」と、最初に咲姫が注文しようとしたメニューを頼んだ。
 「はい、承知いたしました」女将は、空になった器を盆に載せ下がった。

 神田は、「次々と疑問が浮かび上がってくるが、咲姫は、神田の考えのはるか先が見えているのだろう」と思った。
 そして、次の疑問を口にした。

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第24話 神様をGODと訳すのはやめた方がいいよね [ミステリー小説]

そこへキャシーが、
 「あの・・・」と、遠慮がちに話しに入ってきた。
 「日本人は、天皇の祖先が神様だと本当に思っているのですか?」
 「それは微妙な質問ね」と、咲姫はちょっと困った顔をした。
 「日本人にとっては神=(いくおーる)GOD(ゴッド)ではないのよ」と、神田を、同意を求めるように見た。
 「そうだね。日本人にとって、神様はどこにでもいるからね。木に宿ったり、山だったり。トイレにも神様はいるんですよ。GODという観念とは違うと思いますね。神様をGODと訳すのはやめた方がいいよね」と、今度は神田が咲姫を見た。咲姫も、そう、そう、という感じでうなづいた。

 キャシーは、ますます混乱した、という顔になった。

 「そして、日本人の宗教観では、神様は神であると同時に人間なんですよ」
 「神で人間?」キャシーは不思議そうな顔をした。
 「分かりにくいと思うけど、日本人にとっては亡くなった人は神様になるという考えがあるんですよ」神田は、なるべく分かり易いように話さなければ、と思った。
 「日本には、実在の人物をお祀(まつ)りした神社がたくさんあってね、吉田松陰(よしだしょういん)をお祀りした松蔭神社(しょういんじんじゃ)とか、菅原道真をお祀りした防府天満宮とかね」
 「はい。宮島の清盛神社。私もお参りしました」キャシーは、なるほど、という顔をした。
 「でも、その神と人間の境が曖昧なところがよその国の人にとっては極めて理解しにくいんだと思いますね。同じ顔や肌の色をし、一部では文化を共有しているアジアの国々の人でさえ理解するのは難しいんですから」と、いくぶん声を落として言った。

 神田のその言葉を説明するように、咲姫は、
 「そのために、いまだに問題が起きているでしょ。神社に参拝するのはけしからんとか。これはある意味、今までの日本は経済中心の輸出に偏(かたよ)りすぎていたからだと思うわ。これからは、日本の伝統や文化、芸術の広報がいかに大事かって事ね。もちろん日本人の宗教観の広報も含めてね」と、キャシーの顔を見て言った。
 「咲姫(さき)、ありがとう。日本の文化は難しいですね。ごめんなさい。お話の途中で」キャシーは咲姫の肩に手を置いた。
 「いいのよ。ひとりでも多くの人に日本のことを理解してもらわなきゃ、これからの世界で日本は孤立してしまうわ。それに、キャシーの、今の質問は、私の考えの基本なのよ」そう言うと、改めて神田を見た。

 咲姫は一体何を言おうとしているのだろうか、と神田は思った。
 「神宮(伊勢神宮)には確かに、天照大御神(あまてるおおみのかみ)がお祭りしてあるし、天皇様のご先祖をお祀(まつ)りしてあるということで、昔から多くの人達の崇拝をあつめているわね」神田は、残った蕪(かぶ)のクリーム煮を口に入れた。

 「でもね、私の考えは、前にも言ったように、神社信仰の基本は、お墓参りにあるということなの」
 「ああ、咲姫(さき)ちゃんの考え方を聞いて、なるほどと思ったよ。確かに、普段は仏壇や神棚に手を合わせていても、肝心な時、お盆とか、お正月とかにはお墓参りをするものなぁ」グラスの酒を一口飲んで、椎茸のみぞれ豆腐に箸をつけた。
 「でしょ?伊勢神宮はお墓じゃなくて天皇様にとっては神棚なのよ」咲姫はグラスを手にしたまま話を続けた。
 「キャシーの言うように、天照大御神(あまてるおおみのかみ)を神としてお祀りしてあるのが伊勢神宮じゃないかと思うの」そして、
 「天皇様の人間としてのご先祖様が祀られてはいないのじゃないかしら?」と、神田がビックリするようなことを口にした。
 「じゃあ、咲姫(さき)ちゃんは、伊勢神宮は、その・・・単なる神棚で、本当のお墓は他にあるって言いたいのかい?」
 「そう」咲姫は瞳を輝かせた。
 「ほら、最近の研究では、エジプトのピラミッドはお墓じゃないってことが分かってきたでしょ」

 神田(かみた)は、そういう説が主流になりつつあることは聞いていたが、すでに定説になっていることをこの時初めて知った。
 「それと同じことよ。ピラミッドもお墓じゃなく神棚だと思うわ」
 咲姫は瞳を輝かせ確信に満ちた口調で、
 「王のお墓は別のところにあるはずよ。その発見はそんなに遠くのことじゃないと思うわ」と言った。

 神田はそんな突拍子もないことは、これまで考えたこともなかった。それに、伊勢神宮とピラミッドを結びつけることなどは思いも寄らなかった。

 伊勢神宮には、毎年、何十万人もの人たちが初詣(はつもうで)に訪れる。咲姫の説だと、彼らは、単なる神棚にお参りしていることになる。
 しかし、咲姫の口調からは確信に満ちたものが感じられた。
 「うーん・・・。で、それは、その、天皇のお墓はどこに?」神田には思い浮かばなかった。

 「宇佐神宮よ」咲姫は少し口元に笑みを浮かべて言った。
 「大分県の宇佐神宮?」
 「そう。今も、皇太子様の跡を継ぐ皇位継承問題で、国会でも、もめているけど、八世紀にも、時の天皇、称徳女帝が皇位を弓削道鏡(ゆげのどうきょう)に譲ろうとした時、それが正しいかどうか神のお言葉を聞くために、わざわざ、大分県の宇佐八幡神宮に和気清麻呂(わけのきよまろ)が出向いたっていう話、知ってる?」咲姫はやや首を傾げて神田を見た。

 「ああ、宇佐八幡神託事件(うさはちまんしんたくじけん)、とか、道鏡事件(どうきょうじけん)、とか言われているやつだね」歴史上有名な事件だ。
 「おかしいと思わない?伊勢神宮に行かずに、わざわざ遠くの宇佐神宮に行ったのよ」
 「そういえば、確かに変だな。当時の天皇は奈良に居たんだから、それこそ目と鼻の先の伊勢神宮にお伺(うかが)いを立てるのが普通だなぁ」と、神田は首をひねった。
 「そうでしょ。それなのに何故、宇佐神宮へ和気清麻呂(わけのきよまろ)を向かわせたか。それは、宇佐神宮が天皇家にとってのお墓だからだと思うわ」



 「宇佐神宮のご祭神は、一之御殿(いちのごてん)に八幡大神 (はちまんおおかみ)、応神天皇(おうじんてんのう)、二之御殿に比売大神(ひめおおかみ)、三之御殿に神功皇后(じんぐうこうごう)がお祀(まつ)りしてあるのよ」
 神田は、さすがに咲姫は神社に関して詳しいな、と思った。

 「そして、ここで問題なのは、参拝の方法なの」咲姫はここでグラスの酒を一口飲んだ。
 「宇佐神宮の参拝方法は、出雲大社と同じなのよ」
 「え? じゃあ、例の四拍手、ってことかい?」神田は咲姫の言った四拍手は「死」を知らしめるためのものだと言った言葉を思い出した。
 「そうなの。全国でも、出雲大社と宇佐神宮だけなのよ」

 「では、誰を閉じ込めているのですか?」ふたりの話を聞いていたキャシーは興味深そうに尋ねた。

 「おそらく、比売大神(ひめおおかみ)だと思うわ。だって、二之御殿と言って順位は二番目のように見せかけているけど、実質は真ん中で、中心になっているものね」咲姫は左手の指を三本たて、右手の人差し指で、三本の指の真ん中を指した。
 「つまり、比売大神(ひめおおかみ)の霊を閉じ込めてるってことかい?」神田の眉間には自然と皺が寄った。
 「そうとしか考えられないわね。宇佐神宮と出雲大社に共通して言えることは、比売大神(ひめおおかみ)と大国主命(おおくにぬしのみこと)は二人とも殺されて祀(まつ)られた、ということだから」咲姫(さき)はサラリと言ってのけた。
 「殺された?」神田は持ち上げたグラスを途中で止めテーブルにおろした。
 「そう。大国主命も比売大神(ひめおおかみ)も、新しく日本にやってきた天照大御神(あまてるおおみのかみ)の系列の民族に殺されたと思うの」咲姫はグラスに軽く唇をあてた。

 「いや、しかし、比売大神(ひめおおかみ)は卑弥呼(ひみこ)、すなわち天照大御神と同じだというのが現在、一般的な説だろ?そうするとおかしくないかい?卑弥呼を神に仕える神聖な巫女(みこ)として尊敬こそすれ、殺すなんてことは・・・」

 「天照大御神(あまてるおおみのかみ)の岩戸隠れの伝説は比売大神(ひめおおかみ)つまり卑弥呼の霊力の衰えによって、暗闇のごとくに国が乱れた、ということを暗示しているのだと思うわ。実際に天文学者の計算では、同時期に皆既日食が起こっていると言う事実もあるし」ここまで言って、神田の顔を見て、さらに続けた。
 「何人かの学者や小説家も、同じようなことを発表しているわ。私の考えと少し違うけど」
 「つまり、国が乱れ、そこへもってきて、日蝕という、今まで経験したこともない天変地異が起こり、当時の人たちは、これは卑弥呼(ひみこ)の力の衰えが原因だ、と考えたということかい?」神田も軽く一口酒を飲んだ。

 「そう。当時の人たちにとって、日蝕なんていうのは、それこそ、この世の終わりほどに感じたのじゃないかしら」咲姫はキャシーの方を向いて、でしょ?という顔をした。
 「そして、卑弥呼に代わる、あらたな霊力を備えた人物を求めた、ということか」そういう解釈もできるな、と、神田は思った。
 「だから、当時の人たちは、卑弥呼に再び復活してもらいたくないと思ったでしょうね。卑弥呼が、混乱や天変地異の原因だと思ったのだから」と、今度は神田の顔を覗き込んだ。

 「だから、もう出てこないでください、と、四拍手をするという訳か」そう言って神田はグッ、と酒を空けた。

 「卑弥呼の後継者のことは、中国の歴史書、魏志倭人伝にも書かれているでしょ」
 「ああ、確か、卑弥呼の後継は台与(とよ)だったね」神田も何度目かの邪馬台国ブームの学生時代に呼んだ記憶がある。
 


 「それよ」咲姫(さき)は、グラスを持った右手の人差し指を立て、神田に向けた。
 「ん?それって?」
 「台与(とよ)よ。伊勢神宮の内宮のご祭神は天照大御神(あまてるおおみのかみ)、外宮のご祭神は豊受神(とようけのかみ)なの」
 「トヨ!」

 「つまり、伊勢神宮には卑弥呼と、その後継者である台与(とよ)が、記念碑的にお祀(まつ)りしてあるだけじゃないかと思うのよ。だってお墓だったら、いわばライバル関係にある二人を一緒にお祀りはしないと思うのよ」
 
 神田は、
 「あー、だから、皇室のご先祖のお墓は伊勢神宮じゃなく、宇佐神宮、と、こういうわけか」と、ここまで言って、
 「じゃあ、あの鉄の棒の最後の一本は宇佐神宮に隠されているということか」と、自分自身、納得したように言った。
 「待って。違うのよ」咲姫は、神田のその言葉をすぐに否定した。
 「え?違うのかい?」神田の肩が、がっくりと揺れた。
 「私は、三本目の鉄の棒の隠し場所としては、御所(ごしょ)や伊勢神宮よりも宇佐神宮の方が可能性がある、と言いたいだけなの」

 「で・・・」ここで、咲姫は、一口酒を口飲み、
 「問題は頼朝がどうしてわざわざ鉄の棒に封印された矢尻を三本に分けたかって言うところなの」グラスを置いて、左手の指を三本立てた。
 「確かに、宇佐神宮に隠されている可能性はあるわ。でも、宇佐神宮よりも、もっと可能性の高いところがあるのよ。それに、頼朝の時代に、さっき言った日蝕や魏志倭人伝(ぎしわじんでん)の分析が出来ていたとは思えないわ。どっちにしても、宇佐神宮が皇室のご先祖様のお墓であるってことが定説になるよりもエジプトの王家の墓の発見のほうが先でしょうね」咲姫はそう言うと、口をすぼめて長い溜息(ためいき)を吐いた。


 海の民、山の民、これらを支配下に治めるために、宮島、富士山、そして、里の神を治めるために、皇室の、いわば本家の墓である宇佐神宮以上に重要な場所が他にあるのだろうか?

 頼朝は海の宮島、山の富士山、そして、里のどこが重要な場所だと考えたのだろうか?
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第23話 山の民を支配する象徴が富士山、海の民を支配する象徴が宮島、じゃあ、里の民を支配するには [ミステリー小説]

三本の矢

 「ああ、そうだわね。広島で三本の矢、サンフレッチェ、っていえば、毛利元就(もうりもとなり)よね。ご主人のおっしゃる通りだわ。ご主人、ありがとうございます」咲姫(さき)はカウンターの中の鉄に向かって、にこりと微笑(ほほえ)みお辞儀をした。

 「へへ、こりゃ、面目ねえ。おい、おとみ、聞いたか。ちったー、亭主を敬(うやま)えってこった」鉄は冗談ぽく腕組みをして胸をそらした。
 「まあ、あんたもすぐ調子に乗ってホホホ」と、女将は咲姫に向かって笑った。
 キャシーもその様子を見て笑顔を浮かべてた。

 「毛利元就(もうりもとなり)、三本の矢、源頼朝(みなもとのとりとも)、・・・」咲姫(さき)にはこれらを繋(つな)ぐ細い線が見えてきた。

 「お待たせをいたしました」女将(おかみ)が料理と酒を運んできた。
 「ワオー、これもおいしそうですね」キャシーは目を丸くしてさっそく料理に箸(はし)をつけようとしている。
 
 「神田(かみた)君、分かってきたわ。頼朝が何を怖がっていたのか」咲姫は、ずっと遠くを見つめるような目をして考えをまとめようとしている。

 毛利元就がどう関係してくるというのだろう?神田には絡(から)んだ糸にもう1本の新しい糸が絡まり始めたとしか思えなかった。

 「神田君、頼朝の敵は誰だった?」
 「そりゃあ、平清盛(たいらのきよもり)だろう」神田は料理に箸をつけながら言った。

 「そうね。それと、頼朝が恐れた人物がもう一人いるわ」
 「え、誰?」
 「義経よ」
 神田の頭の中で、糸はますます絡まり始めていた。



 「義経?しかし・・・」神田の言葉を遮(さえぎ)って咲姫は続けた。
 「そう。義経よ。それと、もうひとつ聞いてもいい?東の富士山と西の宮島に三本の矢のうち二本が隠されていたわね」咲姫は膝を少しくずし、神田の顔を見た。
 「ああ、東と西、山と海の支配を目的としたと言うのが俺たちの今までの推理だったけど」そこから先がわからないんだ、と神田は思った。
 「じゃあ、もう簡単じゃない? 残りの一本の隠し場所はどこか」咲姫は、にこり、と笑った。
 「何言ってるんだよ。簡単じゃないから悩んでるんだよ」神田は口をいくぶん尖(とが)らせて言った。
 「山、海、そして肝心なものが抜けていたわ」
 「肝心なもの?なんだい、それは?」

 キャシーが山や海という言葉を聞いて話に入ってきた。
 「日本の海はきれいですね。瀬戸内海のインランドシーは、小さな島がたくさんあって、本当に綺麗(きれい)です。それに飛行機から見えた富士山は本当に美しかったです。緑に覆(おお)われた陸地に、スッ、と立つ・・・」神田(かみた)は、キャシーの言った「陸」と言う言葉を聞くと、
 「陸!! そうか、里だ。山、海、里。この3つを支配してこそ日本の完全な支配になる」神田は目を見開いた。一挙に、目の前のベールが開かれた感じがした。

  咲姫は、「当たり」、というように右手の人差し指をたてて竹刀を振る格好をした。
 「そうよ。山、海、里、これらを支配することが日本を支配することになるのよ」

 神田は咲姫の推理は真実に近付いていることを感じた。そして、
 「山の民を支配する象徴が富士山、海の民を支配する象徴が宮島、じゃあ、里の民を支配するには・・・」うーん、と神田は唸(うな)った。

 「どこを押さえればいいだろう・・・」そこまで言った時、
 「あっ、京都御所(きょうとごしょ)だ。天皇の住まいを押さえれば、これは間違いなく日本を支配することになる」神田はさらに目を見開いて咲姫を見た。

 「そうね。でもちょっと待って。源氏も平氏もルーツをたどれば天皇家へつながるでしょ」咲姫は頬杖をついて横目で神田を見た。そして、
 「頼朝にとって、京都御所は天皇家の住まい、単なる殻(から)にしか思えなかったのじゃないかしら。中身はもっと違うところにあると考えたと思うわ。」咲姫(さき)は箸を取って、折湯葉(おりゆば)の煮物をつまんだ。
 それを聞いていたキャシーが、
 「源氏も平氏もサムライではないのですか?」と、不思議そうな顔をして、咲姫(さき)に尋ねた。
 「そう、サムライよ。でもね、もともとは皇族の一員だったのよ。天皇は、その家系を未来永劫(みらいえいごう)存続させるために、妻をたくさん持っていたの。そのほうが、家系の断絶を防ぐことが出来るでしょ」咲姫はキャシーの顔を覗(のぞ)き込むようにして言った。

 「おー、それは良くないですね」キャシーは眉(まゆ)をひそめて、首を何度も振った。
 「そうね。でも、そうしなければ天皇家は続かなかったでしょうね。で、そうするうちに、皇族の人数がどんどん増えて、逆に、財政を圧迫し始めたの。それで、皇族のうちから、臣籍降下(しんせきこうか)、といって、皇族の身分から離れた一族が発生したのよ」
 「それが源氏と平氏なのですね」キャシーは大きく頷(うなず)いた。
 「だから、頼朝自身、自分のルーツは天皇にあると思っていたでしょうから、御所はそれほど重要な場所としては思ってなかったのじゃないかしら」
 「なるほど」神田は咲姫の次の言葉を待った。



 「だから、頼朝は、京都御所は天皇家の住まい、単なる殻(から)にすぎず、本当に大切なものは、もっと違うところにあると考えたんじゃないかしら」咲姫(さき)は折湯葉の煮物を一つ口に入れ、「まあ、おいしい」と、小さく言った。
 
 「というと?」神田は咲姫の口元を見つめた。
 「だって、富士山は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、宮島は、市杵島姫(いちきしまひめ) この二柱(ふたはしら)の神が関(かか)わっているのよ。残るもう一か所も、もっと天皇家のルーツに関わるところだと思うわ」咲姫のこの言葉に、
 「ルーツ?天皇の祖先ということ?」神田は手にグラスを持ったまま動きを止めた。

神田は、ルーツと言う言葉で新聞記事を思い出した。
 「そう言えば、この前の日韓共催のワールドカップを控えて、天皇ご自身が、朝鮮半島出身だってことを、ついに、言ってしまったね」
 「そう、あれは、かなり大きなご発言だと思うわ。ご自身の先祖が朝鮮半島にあることをはっきりおっしゃったんですものね」咲姫も大きく頷いた。

 「そのことにも後で関係してくると思うけど、とりあえずはもう一か所はどこか、の問題よ。それは、天皇家は万世一系(ばんせいいっけい)として連綿として続いてることを国中に知らしめることが出来る、その大元、ルーツに関わりがあるところよ」
 「国中の人達が、ここは天皇の祖先と深い関わりがあるところだ、と、知っているいるところ、ということになるな」そうすると、一か所しかないな、と神田は思い、女将のほうに向かって、グラスを持ち上げて指を3本立てた。
 「はい、おかわりですね」女将(おかみ)は頷いた。

 「天皇様の祖先に深く関わっているところね。鉄の棒の、残された一本はそこにあると思うわ」咲姫も、グイッ、とグラスを空けた。
 「そうなると、意外と簡単だね。もうひとつしかないよ」神田の声は自然と大きくなった。
 「どこだと思っているの?」
 「伊勢神宮だ」神田はそう言うと、蕪(かぶ)のクリーム煮を口に放り込んだ。そして、
 「何しろ、天皇の祖先の天照大御神(あまてるおおみのかみ)を祀(まつ)っている古(いにしえ)からの神社だし、天皇の祖先と深く関わっている神社と言えば神宮(じんぐう)、一般には、伊勢神宮(いせじんぐう)と呼ばれているけど、そこしかないだろ」と、自信をこめて言った。

 「それに、富士山の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、宮島の、市杵嶋姫(いちきしまひめ)、そして、同じく女性の神様の天照大御神(あまてるおおみのかみ)、この三柱の神様は、古代史の中でも女神トップ3といってもいいんじゃないかな。だとすると、例の鉄の棒はここに隠されているとしか考えられないだろう」と一気に考えを述べた。



 「お待たせいたしました」女将が新しいグラスを運んできた。女将はグラスを置きながら、
 「あの、神田さん。私たち、次に出雲(いずも)へ行ったときは八重垣神社(やえがきじんじゃ)をお参りしたいと思っているんですけどね、八重垣神社(やえがきじんじゃ)には、壁画があるらしいですよ」と、言った。
 「壁画?」神田は聞き返した。
 「ええ。八重垣神社には、天照大御神(あまてるおおみのかみ)と市杵嶋姫(いちきしまひめ)、が一緒に描かれている壁画があるらしいですよ」女将は空になったグラスを片付けながらそう言った。

 「ああ、そうだったわ。確か国の重要文化財に指定されているわ」咲姫も思い出したように言った。
 「市杵嶋姫(いちきしまひめ)は天照大御神(あまてるおおみのかみ)の姪(めい)っ子だし、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は天照大御神の孫のお嫁さんだよね」神田(かみた)も、自分で、そうだ、そうだ、というようにうなづきながらグラスを持ち上げ一口飲んだ。

 「そう、この三柱(みはしら)の女神は非常に近い間柄になるわ」
 「そうすると、宮島、富士山、伊勢神宮。これらの間にはなんらかの関係があって、これらの神々に頼朝は日本支配の願(がん)をかけたということだね」神田は膝を組みなおした。

 「女将さん、ありがとうございます。問題が解決しそうですよ」神田は両手を膝頭に置き、頭を下げた。
 「あら、そうですか。お力になれてよかったです」女将もうれしそうに笑った。しかし、咲姫は、
 「ありがとうございました。でも、神田君、私の考えは違うのよ」と、神田を見た。
 「え?違う?」

第22話 神社の起源にはいろいろな説があるけど、私は、お墓と同じ考え方があるんじゃないかと [ミステリー小説]

  「その国を奪われた人の大宮殿があの神棚の本家、本店、ヘッドクォーター、出雲大社(いずもおおやしろ)なのよ」咲姫(さき)はカウンターの中の神棚にグラスを向けた。
 キャシーは、神棚のほうを見ていたが、不思議そうな顔をして、
 「じゃあ、国を奪った人が、奪われた人のために、宮殿を建てたのですか?」と、咲姫の顔を見た。
 咲姫は、
 「そう。言ってみれば、豪華な牢屋(ろうや)みたいなものね」と、やや顔を上に向け空(くう)を見るようにして言った。そして、キャシーの方を見て、
 「だから、今でも、出雲大社をお参りするときは、他の神社と違って、拍手は4回するのよ。それは、日本人は、言葉の発音を重要視するから、4回の、シ、は、死、とか、古代では、ヨン、は黄泉(よみ)、のイメージがあるからなのよ」と続けた。「黄泉(よみ)って言うのは、つまり、そのォ、亡くなった人が埋葬されている地面の下ってことね」
 咲姫の説明に、キャシーは興味深そうに頷(うなず)いた。
 「だから、拍手を4回して、あなたはもう死んでいるんですよ。出てこないでね、ってことを伝えているのよ」

 神田もそれに付け加えて、
 「そう。だから、注連縄(しめなわ)も他の神社とは逆方向になっているんですよ。それは、亡くなった人の着物の襟(えり)の重ねを、生きている人の重ねとは逆にする、左前、と同じ意味で、死んだ人に対する作法そのものなんです」
 キャシーは興味深そうに神田と咲姫の話を聞いている。
 咲姫は、
 「そもそも、本殿はそっぽを向いている構造になっているものね」神田の顔を見てそう言った。
 「え、そうなのかい?」神田はそのことは初めて聞いた。
 「そうよ。拝殿で一所懸命に、結婚できますように、とか、家内安全とかのお願いをしても、肝心の神様は横を向いているのよ。それは、本殿の配置を見れば一目瞭然よ」そう言って、テーブルの上に指で簡単な配置を描きはじめた。
 神田は咲姫の剣道をやっているにしては細い指先の動きに見とれてしまった。
 「ね。こういうふうになっているのよ」そう言って顔を上げた。
 「あ、・・・ああ、なるほど・・・」咲姫の顔が思いのほか近づいたので、神田は、思わず体を起こした。

 「神社の起源にはいろいろな説があるけど、私は、お墓と同じ考え方があるんじゃないかと思っているのよ」咲姫(さき)は、そう言いながら神田(かみた)を見た。
 「と、言うと?」神田は、よく冷えた出雲のお酒を、グッ、と一口飲んだ。

 「今でも古い神社は本殿(ほんでん)を持たない神社があるでしょ。奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)や、石上神宮(いそのかみじんぐう)のような」咲姫もグラスをカラカラと回し、一口飲み、
 「それとか、村の鎮守様(ちんじゅさま)とか、こんもりした山に小さな神社があるでしょ。そのこんもりした山は古墳、つまりお墓だと思うのよ」
 「なるほど」
 「私のお仕(つか)えしている八頭神社(はっとうじんじゃ)様もそうよ」
 神田は、高見と訪れた八頭神社のこんもりとした杜(もり)を思い出した。

 「だから神社を参拝してお願いをすることと、お墓参りをして、ご先祖様に、おじいちゃん、おばあちゃん、私たち家族を見守ってくださいね、って言うのは同じことなのよね」
 「お墓から出てこないで下さい。そこから私たちを見守っていてください、と言うのと同じことだと思うのよ。ほら、最近、テレビで話題の細木数子さんなんかも、相談者に、ご先祖様のお墓参りをしなさいって、しきりに言うのは、そういう意味もあると思うわ」

 神田はキャシーのグラスが空になったのを見て、女将にお酒の追加を頼んだ。



 「だから、あの件も、頼朝は日本を支配すると同時に、何かを恐れて封じ込めようとしたのかもしれないわ。日本の東の象徴、源氏の白を表す富士山、そして、西の象徴、平氏の赤を表す宮島」咲姫は自分に言い聞かせるようにゆっくりと話した。

 「と、同時に、山と海」神田は咲姫の言葉を受けて言った。
 「頼朝は、あの鉄の棒に関わりのある何かを非常に恐れていたってことだね」
 「そう。あの鉄の棒に埋め込まれている矢尻に関わりのあるものが何かが分かれば、この話は意外と早く解決するんじゃない?」
 「三本の鉄の棒、三本の矢尻かぁ・・・」神田は、カラン、と氷の音をさせて、酒を飲み干した。

 「折湯葉の煮物あがりやした」鉄の声がカウンターの中から聞こえた。そして、
 「神田の旦那、毛利様のお話ですかい?」と、鉄は聞いた。
 「え?」神田は鉄のほうを向いた。
 「へへ、こりゃ面目ねえ。つい、余計なことを。へへっ。いえね、三本の矢って、いやぁ、毛利元就(もうりもとなり)様のことだと思いやしてね」

 「お前さんも、学のないくせに余計なことを」と女将が冗談っぽく鉄に言った。

 神田と咲姫は顔を見合わせてしばらく沈黙した。
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第21話 国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ [ミステリー小説]

 「どうして?どうしてネパールなんかで!?」

 「あの、何か・・・?」女将(おかみ)が酒と突き出しの和(あ)え物をテーブルの上に置きながら神田(かみた)に聞いた。
 「いや、昔の友人のことでちょっと。すみません。大きな声を出して」神田はおしぼりで額の汗を拭(ぬぐ)いながら言った。
 「いいえ。それはよろしいんですけど。お料理はお運びしてもよろしいのでしょうか?」
 「もちろんです。お願いします」神田は頭を下げた。

 咲姫(さき)はキャシーの手を握り、
 「いつ頃のお話なの?」とやさしく尋ねた。
 「前回のボランティアの医療活動のときです。ちょうど10年前です」
 「ああ、今回は2度目だと言ってたわね」咲姫はキャシーの言っていたことを思い出した。
 「はい、そうです。山口さんが亡くなって10年です」
 「ごめんなさい。今日はこれ以上話すこと出来ません」
キャシーはそう言うと、うな垂れて、両手でグラスを包むように持ち、コトン、とテーブルの上に置いた。
 咲姫は再びキャシーの肩に手を回し軽く抱きしめた。
 「いいのよ。ありがとう。あなたの知っている山口さんが私たちの友達だってことが分かっただけでもよかったわ」そう言いながら神田のほうを向いて小さく一度うなずいた。
 「そうだね。今日はこの話はやめておこう」神田は小さな声で咲姫に言った。しかし、一体何が山口さんの身に起こったのだろう。山口さんは一体どうしてネパールで亡くなったんだろう。神田はその真相を今にでも聞きだしたかったが、それも、今のキャシーには到底耐えられないことだろう。たとえその真実が聞けたとしても、今の神田にはどうしようもない。自分の思いだけでキャシーを苦しめるわけにもいかない。

 「お待ちどうさまでした」女将が料理を運んできた。
 「蕪(かぶ)のクリーム煮と水菜と椎茸のみぞれ豆腐でございます」と、やや遠慮がちにテーブルの上に並べた。
 
 「ワオー、おいしそうですね」キャシーは無理に陽気そうな声を上げたが、それが逆に神田と咲姫には辛(つら)かった。
 「咲姫(さき)、あれは何ですか?」キャシーは、カウンターの中にある神棚を指差した。
 「ああ、あれはね、神棚と言って、言ってみれば、そうねぇ宮島でたくさんの神社を見たでしょ。そうした神社の支店のようなものよ」
 「はははっ、支店とはうまいこと言うね。ま、御札が入っているんだから、確かにファミリーのための支店とか出張所みたいなものだね」神田もつとめて明るく振舞った。
 「ああ、分かりました」キャシーも「なるほど」と言う感じで大きく頷(うなづ)いた。

 「へへっ、なるほどねぇ。そういうことも言えまさぁね」鉄もカウンターの中から雰囲気を察したのか話に入ってきた。
 「ご主人は出雲(いずも)のご出身なんですか?」咲姫(さき)は鉄に声をかけた。話題をどこかに持っていかなければこの場の雰囲気は変わりそうもないし、鉄の人柄にはこの場を和ませてくれる何かがあると思ったのだ。

 「いいえー、あっしは信州長野でござんすよ」
 「あら、じゃあ、あの神棚は?」
 「あっしの遠いご先祖さんが出雲の出身でござんしてね、あっしらの一族は信州に移り住んだんでござんすよ。今となっちゃあ、どういう訳だか分かりゃしやせんがね」そう言いながらも俎板(まないた)で小気味の良い音を立てている。
 「しかし、あっしが極道(ごくどう)・・・へっ、こりゃ面目ねえ」
 「あっしが人様の道を踏み外してからは信州には帰っちゃいやせん」

 「ここの店の材料だけは出雲や大山(だいせん)の麓(ふもと)の農家から取り寄せているんですよ」女将(おかみ)が土間にあるテーブルを拭きながら言った。
 「そりゃ、おとみ、ご先祖さんと繋(つな)がりを持ちてえってのが人情じゃござんせんか。ね、神田(かみた)の旦那」そう言って、照れながら、神田に同意を求めた。
 神田は、ニコリと笑い、
 「そうだね。今でも、出雲へは?」と振り返って鉄の顔を見た。
 「へい、暇がありゃ、行っておりやす」鉄は大きな声で答えた。

 「何だか、古事記のお話みたいね」咲姫は興味深げに言った。
 「古事記?」神田は突然の言葉に少し驚いて、先のほうを向いた。
 「そう、もともとは大国主命(おおくにぬしのみこと)が治めていた出雲の国が奪われたのは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)から命令された建御雷之男神(たけみかつちのおかみ)が、力較べで健御名方神(たけみなかたのかみ)を打ち負かしたからでしょ」
 「そうだったね。それで、健御名方神(たけみなかたのかみ)は信州まで逃げて、もう一生ここから出ません、と誓ったんだよね」

 キャシーはグラスを傾けながら、神田(かみた)と咲姫(さき)の話を聞いていたが、
 「咲姫、日本は侵略されたことがあるのですか?」と怪訝(けげん)そうな顔をして聞いた。

 「そうねぇ。難しい質問ね。もとから住んでいた民族のところへ違う民族が流れ込んできて、その結果として今の日本人がいるのだから・・・」ここまで言ってしばらく考えて、
 「その民族同士が初めて接する最前線、フロントでは、元から住んでいた人達にとっては侵略に思えたかもしれないわね」咲姫は考えながら言った。
 そして、神田も、
 「そうだなあ。キャシーさん、このお話は、紀元、A.D.8世紀頃に作られた本に書かれていることですからね。当時の支配者にとっての権威付けや、国を奪い取った言い訳の要素が多く入っているんです。だから、国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ」と、説明を加えた。

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