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第24話 神様をGODと訳すのはやめた方がいいよね [ミステリー小説]

そこへキャシーが、
 「あの・・・」と、遠慮がちに話しに入ってきた。
 「日本人は、天皇の祖先が神様だと本当に思っているのですか?」
 「それは微妙な質問ね」と、咲姫はちょっと困った顔をした。
 「日本人にとっては神=(いくおーる)GOD(ゴッド)ではないのよ」と、神田を、同意を求めるように見た。
 「そうだね。日本人にとって、神様はどこにでもいるからね。木に宿ったり、山だったり。トイレにも神様はいるんですよ。GODという観念とは違うと思いますね。神様をGODと訳すのはやめた方がいいよね」と、今度は神田が咲姫を見た。咲姫も、そう、そう、という感じでうなづいた。

 キャシーは、ますます混乱した、という顔になった。

 「そして、日本人の宗教観では、神様は神であると同時に人間なんですよ」
 「神で人間?」キャシーは不思議そうな顔をした。
 「分かりにくいと思うけど、日本人にとっては亡くなった人は神様になるという考えがあるんですよ」神田は、なるべく分かり易いように話さなければ、と思った。
 「日本には、実在の人物をお祀(まつ)りした神社がたくさんあってね、吉田松陰(よしだしょういん)をお祀りした松蔭神社(しょういんじんじゃ)とか、菅原道真をお祀りした防府天満宮とかね」
 「はい。宮島の清盛神社。私もお参りしました」キャシーは、なるほど、という顔をした。
 「でも、その神と人間の境が曖昧なところがよその国の人にとっては極めて理解しにくいんだと思いますね。同じ顔や肌の色をし、一部では文化を共有しているアジアの国々の人でさえ理解するのは難しいんですから」と、いくぶん声を落として言った。

 神田のその言葉を説明するように、咲姫は、
 「そのために、いまだに問題が起きているでしょ。神社に参拝するのはけしからんとか。これはある意味、今までの日本は経済中心の輸出に偏(かたよ)りすぎていたからだと思うわ。これからは、日本の伝統や文化、芸術の広報がいかに大事かって事ね。もちろん日本人の宗教観の広報も含めてね」と、キャシーの顔を見て言った。
 「咲姫(さき)、ありがとう。日本の文化は難しいですね。ごめんなさい。お話の途中で」キャシーは咲姫の肩に手を置いた。
 「いいのよ。ひとりでも多くの人に日本のことを理解してもらわなきゃ、これからの世界で日本は孤立してしまうわ。それに、キャシーの、今の質問は、私の考えの基本なのよ」そう言うと、改めて神田を見た。

 咲姫は一体何を言おうとしているのだろうか、と神田は思った。
 「神宮(伊勢神宮)には確かに、天照大御神(あまてるおおみのかみ)がお祭りしてあるし、天皇様のご先祖をお祀(まつ)りしてあるということで、昔から多くの人達の崇拝をあつめているわね」神田は、残った蕪(かぶ)のクリーム煮を口に入れた。

 「でもね、私の考えは、前にも言ったように、神社信仰の基本は、お墓参りにあるということなの」
 「ああ、咲姫(さき)ちゃんの考え方を聞いて、なるほどと思ったよ。確かに、普段は仏壇や神棚に手を合わせていても、肝心な時、お盆とか、お正月とかにはお墓参りをするものなぁ」グラスの酒を一口飲んで、椎茸のみぞれ豆腐に箸をつけた。
 「でしょ?伊勢神宮はお墓じゃなくて天皇様にとっては神棚なのよ」咲姫はグラスを手にしたまま話を続けた。
 「キャシーの言うように、天照大御神(あまてるおおみのかみ)を神としてお祀りしてあるのが伊勢神宮じゃないかと思うの」そして、
 「天皇様の人間としてのご先祖様が祀られてはいないのじゃないかしら?」と、神田がビックリするようなことを口にした。
 「じゃあ、咲姫(さき)ちゃんは、伊勢神宮は、その・・・単なる神棚で、本当のお墓は他にあるって言いたいのかい?」
 「そう」咲姫は瞳を輝かせた。
 「ほら、最近の研究では、エジプトのピラミッドはお墓じゃないってことが分かってきたでしょ」

 神田(かみた)は、そういう説が主流になりつつあることは聞いていたが、すでに定説になっていることをこの時初めて知った。
 「それと同じことよ。ピラミッドもお墓じゃなく神棚だと思うわ」
 咲姫は瞳を輝かせ確信に満ちた口調で、
 「王のお墓は別のところにあるはずよ。その発見はそんなに遠くのことじゃないと思うわ」と言った。

 神田はそんな突拍子もないことは、これまで考えたこともなかった。それに、伊勢神宮とピラミッドを結びつけることなどは思いも寄らなかった。

 伊勢神宮には、毎年、何十万人もの人たちが初詣(はつもうで)に訪れる。咲姫の説だと、彼らは、単なる神棚にお参りしていることになる。
 しかし、咲姫の口調からは確信に満ちたものが感じられた。
 「うーん・・・。で、それは、その、天皇のお墓はどこに?」神田には思い浮かばなかった。

 「宇佐神宮よ」咲姫は少し口元に笑みを浮かべて言った。
 「大分県の宇佐神宮?」
 「そう。今も、皇太子様の跡を継ぐ皇位継承問題で、国会でも、もめているけど、八世紀にも、時の天皇、称徳女帝が皇位を弓削道鏡(ゆげのどうきょう)に譲ろうとした時、それが正しいかどうか神のお言葉を聞くために、わざわざ、大分県の宇佐八幡神宮に和気清麻呂(わけのきよまろ)が出向いたっていう話、知ってる?」咲姫はやや首を傾げて神田を見た。

 「ああ、宇佐八幡神託事件(うさはちまんしんたくじけん)、とか、道鏡事件(どうきょうじけん)、とか言われているやつだね」歴史上有名な事件だ。
 「おかしいと思わない?伊勢神宮に行かずに、わざわざ遠くの宇佐神宮に行ったのよ」
 「そういえば、確かに変だな。当時の天皇は奈良に居たんだから、それこそ目と鼻の先の伊勢神宮にお伺(うかが)いを立てるのが普通だなぁ」と、神田は首をひねった。
 「そうでしょ。それなのに何故、宇佐神宮へ和気清麻呂(わけのきよまろ)を向かわせたか。それは、宇佐神宮が天皇家にとってのお墓だからだと思うわ」



 「宇佐神宮のご祭神は、一之御殿(いちのごてん)に八幡大神 (はちまんおおかみ)、応神天皇(おうじんてんのう)、二之御殿に比売大神(ひめおおかみ)、三之御殿に神功皇后(じんぐうこうごう)がお祀(まつ)りしてあるのよ」
 神田は、さすがに咲姫は神社に関して詳しいな、と思った。

 「そして、ここで問題なのは、参拝の方法なの」咲姫はここでグラスの酒を一口飲んだ。
 「宇佐神宮の参拝方法は、出雲大社と同じなのよ」
 「え? じゃあ、例の四拍手、ってことかい?」神田は咲姫の言った四拍手は「死」を知らしめるためのものだと言った言葉を思い出した。
 「そうなの。全国でも、出雲大社と宇佐神宮だけなのよ」

 「では、誰を閉じ込めているのですか?」ふたりの話を聞いていたキャシーは興味深そうに尋ねた。

 「おそらく、比売大神(ひめおおかみ)だと思うわ。だって、二之御殿と言って順位は二番目のように見せかけているけど、実質は真ん中で、中心になっているものね」咲姫は左手の指を三本たて、右手の人差し指で、三本の指の真ん中を指した。
 「つまり、比売大神(ひめおおかみ)の霊を閉じ込めてるってことかい?」神田の眉間には自然と皺が寄った。
 「そうとしか考えられないわね。宇佐神宮と出雲大社に共通して言えることは、比売大神(ひめおおかみ)と大国主命(おおくにぬしのみこと)は二人とも殺されて祀(まつ)られた、ということだから」咲姫(さき)はサラリと言ってのけた。
 「殺された?」神田は持ち上げたグラスを途中で止めテーブルにおろした。
 「そう。大国主命も比売大神(ひめおおかみ)も、新しく日本にやってきた天照大御神(あまてるおおみのかみ)の系列の民族に殺されたと思うの」咲姫はグラスに軽く唇をあてた。

 「いや、しかし、比売大神(ひめおおかみ)は卑弥呼(ひみこ)、すなわち天照大御神と同じだというのが現在、一般的な説だろ?そうするとおかしくないかい?卑弥呼を神に仕える神聖な巫女(みこ)として尊敬こそすれ、殺すなんてことは・・・」

 「天照大御神(あまてるおおみのかみ)の岩戸隠れの伝説は比売大神(ひめおおかみ)つまり卑弥呼の霊力の衰えによって、暗闇のごとくに国が乱れた、ということを暗示しているのだと思うわ。実際に天文学者の計算では、同時期に皆既日食が起こっていると言う事実もあるし」ここまで言って、神田の顔を見て、さらに続けた。
 「何人かの学者や小説家も、同じようなことを発表しているわ。私の考えと少し違うけど」
 「つまり、国が乱れ、そこへもってきて、日蝕という、今まで経験したこともない天変地異が起こり、当時の人たちは、これは卑弥呼(ひみこ)の力の衰えが原因だ、と考えたということかい?」神田も軽く一口酒を飲んだ。

 「そう。当時の人たちにとって、日蝕なんていうのは、それこそ、この世の終わりほどに感じたのじゃないかしら」咲姫はキャシーの方を向いて、でしょ?という顔をした。
 「そして、卑弥呼に代わる、あらたな霊力を備えた人物を求めた、ということか」そういう解釈もできるな、と、神田は思った。
 「だから、当時の人たちは、卑弥呼に再び復活してもらいたくないと思ったでしょうね。卑弥呼が、混乱や天変地異の原因だと思ったのだから」と、今度は神田の顔を覗き込んだ。

 「だから、もう出てこないでください、と、四拍手をするという訳か」そう言って神田はグッ、と酒を空けた。

 「卑弥呼の後継者のことは、中国の歴史書、魏志倭人伝にも書かれているでしょ」
 「ああ、確か、卑弥呼の後継は台与(とよ)だったね」神田も何度目かの邪馬台国ブームの学生時代に呼んだ記憶がある。
 


 「それよ」咲姫(さき)は、グラスを持った右手の人差し指を立て、神田に向けた。
 「ん?それって?」
 「台与(とよ)よ。伊勢神宮の内宮のご祭神は天照大御神(あまてるおおみのかみ)、外宮のご祭神は豊受神(とようけのかみ)なの」
 「トヨ!」

 「つまり、伊勢神宮には卑弥呼と、その後継者である台与(とよ)が、記念碑的にお祀(まつ)りしてあるだけじゃないかと思うのよ。だってお墓だったら、いわばライバル関係にある二人を一緒にお祀りはしないと思うのよ」
 
 神田は、
 「あー、だから、皇室のご先祖のお墓は伊勢神宮じゃなく、宇佐神宮、と、こういうわけか」と、ここまで言って、
 「じゃあ、あの鉄の棒の最後の一本は宇佐神宮に隠されているということか」と、自分自身、納得したように言った。
 「待って。違うのよ」咲姫は、神田のその言葉をすぐに否定した。
 「え?違うのかい?」神田の肩が、がっくりと揺れた。
 「私は、三本目の鉄の棒の隠し場所としては、御所(ごしょ)や伊勢神宮よりも宇佐神宮の方が可能性がある、と言いたいだけなの」

 「で・・・」ここで、咲姫は、一口酒を口飲み、
 「問題は頼朝がどうしてわざわざ鉄の棒に封印された矢尻を三本に分けたかって言うところなの」グラスを置いて、左手の指を三本立てた。
 「確かに、宇佐神宮に隠されている可能性はあるわ。でも、宇佐神宮よりも、もっと可能性の高いところがあるのよ。それに、頼朝の時代に、さっき言った日蝕や魏志倭人伝(ぎしわじんでん)の分析が出来ていたとは思えないわ。どっちにしても、宇佐神宮が皇室のご先祖様のお墓であるってことが定説になるよりもエジプトの王家の墓の発見のほうが先でしょうね」咲姫はそう言うと、口をすぼめて長い溜息(ためいき)を吐いた。


 海の民、山の民、これらを支配下に治めるために、宮島、富士山、そして、里の神を治めるために、皇室の、いわば本家の墓である宇佐神宮以上に重要な場所が他にあるのだろうか?

 頼朝は海の宮島、山の富士山、そして、里のどこが重要な場所だと考えたのだろうか?
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