第21話 国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ [ミステリー小説]
「どうして?どうしてネパールなんかで!?」
「あの、何か・・・?」女将(おかみ)が酒と突き出しの和(あ)え物をテーブルの上に置きながら神田(かみた)に聞いた。
「いや、昔の友人のことでちょっと。すみません。大きな声を出して」神田はおしぼりで額の汗を拭(ぬぐ)いながら言った。
「いいえ。それはよろしいんですけど。お料理はお運びしてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。お願いします」神田は頭を下げた。
咲姫(さき)はキャシーの手を握り、
「いつ頃のお話なの?」とやさしく尋ねた。
「前回のボランティアの医療活動のときです。ちょうど10年前です」
「ああ、今回は2度目だと言ってたわね」咲姫はキャシーの言っていたことを思い出した。
「はい、そうです。山口さんが亡くなって10年です」
「ごめんなさい。今日はこれ以上話すこと出来ません」
キャシーはそう言うと、うな垂れて、両手でグラスを包むように持ち、コトン、とテーブルの上に置いた。
咲姫は再びキャシーの肩に手を回し軽く抱きしめた。
「いいのよ。ありがとう。あなたの知っている山口さんが私たちの友達だってことが分かっただけでもよかったわ」そう言いながら神田のほうを向いて小さく一度うなずいた。
「そうだね。今日はこの話はやめておこう」神田は小さな声で咲姫に言った。しかし、一体何が山口さんの身に起こったのだろう。山口さんは一体どうしてネパールで亡くなったんだろう。神田はその真相を今にでも聞きだしたかったが、それも、今のキャシーには到底耐えられないことだろう。たとえその真実が聞けたとしても、今の神田にはどうしようもない。自分の思いだけでキャシーを苦しめるわけにもいかない。
「お待ちどうさまでした」女将が料理を運んできた。
「蕪(かぶ)のクリーム煮と水菜と椎茸のみぞれ豆腐でございます」と、やや遠慮がちにテーブルの上に並べた。
「ワオー、おいしそうですね」キャシーは無理に陽気そうな声を上げたが、それが逆に神田と咲姫には辛(つら)かった。
「咲姫(さき)、あれは何ですか?」キャシーは、カウンターの中にある神棚を指差した。
「ああ、あれはね、神棚と言って、言ってみれば、そうねぇ宮島でたくさんの神社を見たでしょ。そうした神社の支店のようなものよ」
「はははっ、支店とはうまいこと言うね。ま、御札が入っているんだから、確かにファミリーのための支店とか出張所みたいなものだね」神田もつとめて明るく振舞った。
「ああ、分かりました」キャシーも「なるほど」と言う感じで大きく頷(うなづ)いた。
「へへっ、なるほどねぇ。そういうことも言えまさぁね」鉄もカウンターの中から雰囲気を察したのか話に入ってきた。
「ご主人は出雲(いずも)のご出身なんですか?」咲姫(さき)は鉄に声をかけた。話題をどこかに持っていかなければこの場の雰囲気は変わりそうもないし、鉄の人柄にはこの場を和ませてくれる何かがあると思ったのだ。
「いいえー、あっしは信州長野でござんすよ」
「あら、じゃあ、あの神棚は?」
「あっしの遠いご先祖さんが出雲の出身でござんしてね、あっしらの一族は信州に移り住んだんでござんすよ。今となっちゃあ、どういう訳だか分かりゃしやせんがね」そう言いながらも俎板(まないた)で小気味の良い音を立てている。
「しかし、あっしが極道(ごくどう)・・・へっ、こりゃ面目ねえ」
「あっしが人様の道を踏み外してからは信州には帰っちゃいやせん」
「ここの店の材料だけは出雲や大山(だいせん)の麓(ふもと)の農家から取り寄せているんですよ」女将(おかみ)が土間にあるテーブルを拭きながら言った。
「そりゃ、おとみ、ご先祖さんと繋(つな)がりを持ちてえってのが人情じゃござんせんか。ね、神田(かみた)の旦那」そう言って、照れながら、神田に同意を求めた。
神田は、ニコリと笑い、
「そうだね。今でも、出雲へは?」と振り返って鉄の顔を見た。
「へい、暇がありゃ、行っておりやす」鉄は大きな声で答えた。
「何だか、古事記のお話みたいね」咲姫は興味深げに言った。
「古事記?」神田は突然の言葉に少し驚いて、先のほうを向いた。
「そう、もともとは大国主命(おおくにぬしのみこと)が治めていた出雲の国が奪われたのは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)から命令された建御雷之男神(たけみかつちのおかみ)が、力較べで健御名方神(たけみなかたのかみ)を打ち負かしたからでしょ」
「そうだったね。それで、健御名方神(たけみなかたのかみ)は信州まで逃げて、もう一生ここから出ません、と誓ったんだよね」
キャシーはグラスを傾けながら、神田(かみた)と咲姫(さき)の話を聞いていたが、
「咲姫、日本は侵略されたことがあるのですか?」と怪訝(けげん)そうな顔をして聞いた。
「そうねぇ。難しい質問ね。もとから住んでいた民族のところへ違う民族が流れ込んできて、その結果として今の日本人がいるのだから・・・」ここまで言ってしばらく考えて、
「その民族同士が初めて接する最前線、フロントでは、元から住んでいた人達にとっては侵略に思えたかもしれないわね」咲姫は考えながら言った。
そして、神田も、
「そうだなあ。キャシーさん、このお話は、紀元、A.D.8世紀頃に作られた本に書かれていることですからね。当時の支配者にとっての権威付けや、国を奪い取った言い訳の要素が多く入っているんです。だから、国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ」と、説明を加えた。
「あの、何か・・・?」女将(おかみ)が酒と突き出しの和(あ)え物をテーブルの上に置きながら神田(かみた)に聞いた。
「いや、昔の友人のことでちょっと。すみません。大きな声を出して」神田はおしぼりで額の汗を拭(ぬぐ)いながら言った。
「いいえ。それはよろしいんですけど。お料理はお運びしてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。お願いします」神田は頭を下げた。
咲姫(さき)はキャシーの手を握り、
「いつ頃のお話なの?」とやさしく尋ねた。
「前回のボランティアの医療活動のときです。ちょうど10年前です」
「ああ、今回は2度目だと言ってたわね」咲姫はキャシーの言っていたことを思い出した。
「はい、そうです。山口さんが亡くなって10年です」
「ごめんなさい。今日はこれ以上話すこと出来ません」
キャシーはそう言うと、うな垂れて、両手でグラスを包むように持ち、コトン、とテーブルの上に置いた。
咲姫は再びキャシーの肩に手を回し軽く抱きしめた。
「いいのよ。ありがとう。あなたの知っている山口さんが私たちの友達だってことが分かっただけでもよかったわ」そう言いながら神田のほうを向いて小さく一度うなずいた。
「そうだね。今日はこの話はやめておこう」神田は小さな声で咲姫に言った。しかし、一体何が山口さんの身に起こったのだろう。山口さんは一体どうしてネパールで亡くなったんだろう。神田はその真相を今にでも聞きだしたかったが、それも、今のキャシーには到底耐えられないことだろう。たとえその真実が聞けたとしても、今の神田にはどうしようもない。自分の思いだけでキャシーを苦しめるわけにもいかない。
「お待ちどうさまでした」女将が料理を運んできた。
「蕪(かぶ)のクリーム煮と水菜と椎茸のみぞれ豆腐でございます」と、やや遠慮がちにテーブルの上に並べた。
「ワオー、おいしそうですね」キャシーは無理に陽気そうな声を上げたが、それが逆に神田と咲姫には辛(つら)かった。
「咲姫(さき)、あれは何ですか?」キャシーは、カウンターの中にある神棚を指差した。
「ああ、あれはね、神棚と言って、言ってみれば、そうねぇ宮島でたくさんの神社を見たでしょ。そうした神社の支店のようなものよ」
「はははっ、支店とはうまいこと言うね。ま、御札が入っているんだから、確かにファミリーのための支店とか出張所みたいなものだね」神田もつとめて明るく振舞った。
「ああ、分かりました」キャシーも「なるほど」と言う感じで大きく頷(うなづ)いた。
「へへっ、なるほどねぇ。そういうことも言えまさぁね」鉄もカウンターの中から雰囲気を察したのか話に入ってきた。
「ご主人は出雲(いずも)のご出身なんですか?」咲姫(さき)は鉄に声をかけた。話題をどこかに持っていかなければこの場の雰囲気は変わりそうもないし、鉄の人柄にはこの場を和ませてくれる何かがあると思ったのだ。
「いいえー、あっしは信州長野でござんすよ」
「あら、じゃあ、あの神棚は?」
「あっしの遠いご先祖さんが出雲の出身でござんしてね、あっしらの一族は信州に移り住んだんでござんすよ。今となっちゃあ、どういう訳だか分かりゃしやせんがね」そう言いながらも俎板(まないた)で小気味の良い音を立てている。
「しかし、あっしが極道(ごくどう)・・・へっ、こりゃ面目ねえ」
「あっしが人様の道を踏み外してからは信州には帰っちゃいやせん」
「ここの店の材料だけは出雲や大山(だいせん)の麓(ふもと)の農家から取り寄せているんですよ」女将(おかみ)が土間にあるテーブルを拭きながら言った。
「そりゃ、おとみ、ご先祖さんと繋(つな)がりを持ちてえってのが人情じゃござんせんか。ね、神田(かみた)の旦那」そう言って、照れながら、神田に同意を求めた。
神田は、ニコリと笑い、
「そうだね。今でも、出雲へは?」と振り返って鉄の顔を見た。
「へい、暇がありゃ、行っておりやす」鉄は大きな声で答えた。
「何だか、古事記のお話みたいね」咲姫は興味深げに言った。
「古事記?」神田は突然の言葉に少し驚いて、先のほうを向いた。
「そう、もともとは大国主命(おおくにぬしのみこと)が治めていた出雲の国が奪われたのは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)から命令された建御雷之男神(たけみかつちのおかみ)が、力較べで健御名方神(たけみなかたのかみ)を打ち負かしたからでしょ」
「そうだったね。それで、健御名方神(たけみなかたのかみ)は信州まで逃げて、もう一生ここから出ません、と誓ったんだよね」
キャシーはグラスを傾けながら、神田(かみた)と咲姫(さき)の話を聞いていたが、
「咲姫、日本は侵略されたことがあるのですか?」と怪訝(けげん)そうな顔をして聞いた。
「そうねぇ。難しい質問ね。もとから住んでいた民族のところへ違う民族が流れ込んできて、その結果として今の日本人がいるのだから・・・」ここまで言ってしばらく考えて、
「その民族同士が初めて接する最前線、フロントでは、元から住んでいた人達にとっては侵略に思えたかもしれないわね」咲姫は考えながら言った。
そして、神田も、
「そうだなあ。キャシーさん、このお話は、紀元、A.D.8世紀頃に作られた本に書かれていることですからね。当時の支配者にとっての権威付けや、国を奪い取った言い訳の要素が多く入っているんです。だから、国を奪い取った、とは言えないから、国譲り、と言っているんですよ」と、説明を加えた。
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