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第27話 頼朝の母も役の行者の信者で、霊鬼(れいき)を胎(たい)して、生まれた子が頼朝で、鬼武者(おにむしゃ)と名付けた [ミステリー小説]

義経の首

 「大江広元(おおえのひろもと)は頼朝の懐刀(ふところがたな)、頭脳でもあったといわれているでしょ。彼がいなかったら頼朝の存在はなかったと思うわ」咲姫は、キャシーのほうを向いて、
 「ごめんね。ちょっと退屈でしょ」と言うと、キャシーは、
 「大丈夫です。日本の歴史は興味あります」と、膝(ひざ)を組みなおした。

 「確かに、頼朝の重要な政策には広元の意見がかなりの部分で取り入れられているよね。守護地頭の設置とかさ」歴史の授業で、何度も繰り返し聞いた言葉だ。
 「おそらく、この三本の鉄の棒の件も広元の意向だと思うわ」咲姫は少し首を傾けて、
 「今の腰越状(こしごえじょう)の件以降、義経は結局逃亡生活に入り、最後には自刃(じじん)してしまうわけだけど、頼朝は、義経の死を最後まで確信できなかったのじゃないかしら」と、続けると、神田の顔を見た。

 「確かに。頼朝は疑り深い性格だったらしいからね。だから、最後まで義経を信用できなかっただろうね」
 神田(かみた)は、昔、本で読んだ記憶を呼び起こし、 
 「岩手県の高館(たかだち)から頼朝のいる鎌倉まで義経の首を運んだけど、43日もかかったらしいからね。しかも夏場の暑い盛りだから、義経の首実験をするどころではなくて、海辺に捨てられ、頼朝自身は、実際には義経の首は見ていないと言う説が主流らしいね」昔聞いた義経にまつわる諸説を思い出した。
 「そういった話から義経は蒙古(もうこ・モンゴル)に渡ってジンギスカンになった、などという説をとなえる人まで出て来たんだろな」神田はつぶやくように言い、確認するかのように、
 「ともかくも、頼朝自身は義経本人の首を確認出していないんだ」と繰り返した。

 「そうなると、どうなると思う?疑り深い頼朝は、不安で仕方なかったと思うわ」咲姫(さき)は顔を神田のほうに向けた。
 「いつ、義経が現れて、頼朝に反旗を翻(ひるがえ)すか。そればかり気になったのじゃないかしら?」
 神田は腕組みをし、
 「大江広元(おおえのひろもと)は、その様子を見て、んーん、・・・」と、しばらく考えて、
 「そうだな・・・このままではいけない。このままだと奥州を攻めるどころか、後白河法皇が再び策を巡らし頼朝の権勢を削(そ)ぎにかかるかもしれない、・・・と、考えただろうな」と、やや、自信無げに言った。

 「そこで、どうやって、頼朝を安心させるか」咲姫は、神田の推理の次を推測した。
 「義経の首は、本物であろうと偽物(にせもの)であろうと、頼朝自身が疑いを持っているのだからどうしようもない。でしょ?」と、神田に同意を求めた。
「そうすると、頼朝に安心させるには、どうしたか・・・だな」神田は膝を組み、腕を組んで小首をかしげた。

 「義経は自害して果てました、もうこの世にはいません。頼朝様の前に現れることは二度とありませんからご安心下さい、と、安心させるためには」と、ここまで言って、神田の頭の中で、ぼんやりとではあるが、何かと何かが繋がってきたような気がした。

 鎌倉の鶴岡八幡宮も保元、平治の乱以来頼朝によって滅ぼされた怨霊(おんりょう)を鎮(しず)める役割を担っている。
 「そして、頼朝自身も義経の影に怯(おび)えることなく政(まつりごと)に専念するためには、おそらく、頼朝が深く信仰していた修験道の助けを借りたののじゃないかしら?そもそも、頼朝の母も役の行者の信者で、霊鬼(れいき)を胎(たい)して、生まれた子が頼朝で、鬼武者(おにむしゃ)と名付けたくらいですもの。」
 「咲姫は、さすがに、宗教関係のことについては詳しいな」と神田は改めて思った。

 「お待たせをいたしました」女将が、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁と炊き込みご飯を運んできた。
 キャシーは、
 「んーん。いい香りですね」と背筋を伸ばして、盆の上にある料理を覗(のぞ)き込んだ。
 「野菜と米は、大山の麓(ふもと)の契約農家の有機でござんす」カウンターの中から、主人の鉄が声をかけた。
 
 女将が、
 「お待たせいたしました」と湯気の立っている、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁と炊き込みご飯を運んできた。
 キャシーは、
 「私、炊き込みご飯、大好きです」と声を上げ、テーブルの上の空(から)になった器を脇によせた。
 女将は、
 「お口に合いますかどうか」と言いながら、テーブルの上に並べた。

 「日本の料理は健康的でいいですね。私は、咲姫(さき)がスマートな理由が日本に来て分かりました」と、笑いながら言った。
 「それと、剣道ね」咲姫は言った。
 「あら、こちらさんは剣道をやってらっしゃるんですか?」女将は、驚いた顔をして咲姫を見た。

 「ああ、女将(おかみ)さん、この人は学生時代から剣の達人で、面を打たせたら、ちょっと敵(かな)う者はいないよ」神田は少し自慢げに言った。そして、
 「あっ、そうだ。あの時の郷戸(ごうど)は、ここの親父さんがしばらく面倒を見ていたんだよ」と、カウンターの中にいる鉄を見た。
 「あらっ、そうなんですか」咲姫も、驚いた様子で鉄のほうを向いた。
 「あの郷戸さんが・・・」咲姫の脳裏に、郷戸の刃のように鋭い印象の顔が浮かんだ。

 キャシーは、一瞬、郷戸(ゴウド)と言う言葉に反応して顔を上げたが、両手で、茄子(なす)と茗荷(みょうが)のすまし汁の椀を包むようにもって香りをかぎ、
 「うーん、いいにおいですね」と瞳を閉じて、満足そうな顔をした。神田は、そのキャシーの様子に少し違和感を感じたが、
 「あいつも、今頃どうしているんでござんしょうかね」と言う鉄の言葉と
 「不思議なものね。いろいろな目に見えない繋(つな)がりが私たちにはあるのね」と言う咲姫(さき)の言葉に神田は黙って軽くうなずいた。

 「そうでござんすね。あいつもにも、こうして噂をしてくださる御仁(ごじん)がいらっしゃるってえのに・・・全く、生きているのか死んでいるのか、人様に迷惑でもかけていやがるんじゃねえかと、あっしらは心配でござんしてねェ。なぁ、おとみ」と女将の顔を見た。

 「おっと、いけねエ。湿っぽい話はナシにしやしょう」鉄はそういうと、くるりと背を向けて、鉄瓶(てつびん)の湯を急須に入れた。

 神田はカウンターの中の鉄から咲姫に目を移して、
 「咲姫ちゃん、さっきの続きだけど・・・」と、話の続きを促(うなが)した。

 「ええ、それでね、私は、大江広元(おおえのひろもと)のことだから、義経の首を鎌倉に運ばせたのと同時に、別のものも運ばせたのじゃないかと思うの」そう言いながら、咲姫も、すまし汁の椀から立ち上がる湯気に少し顔を倒して鼻をよせた。
 「別のもの?」神田も箸を取り、すまし汁の椀を左手で持った。
 「そう、夏の盛りに首実検をするのは難しいことを見越して、いわば、予備の証拠品を別ルートで運ばせたんじゃないかと思うの」ここまで言って、すまし汁を一口すすった。

 そして、椀を置き、
 「あるいは、最初から、義経の首とセットで頼朝宛てに届ける予定になっていたとも考えられるわ」右手で箸を取り上げて、左手と共に、それを揃(そろ)え直した。
 そして、
 「これは、かなりの部分で、私の推測が入るけど、状況から見ると、そういうふうに考えるのが理にかなっていると思うの」そう言うと、
 「つまり、義経の首と、もうひとつ、これさえあれば、義経の死は確実に証明できる、そんなものよ」と続けた。

 「何だい?その別のものっていうのは?」神田はすまし汁から立ち上がる湯気を通して咲姫を見つめた。

 咲姫は、すまし汁を一口すすり、椀をテーブルに置くと、
 「義経と頼朝、そして修験道と矢、どう?何か思いつかない?」
 
 「矢、義経の死・・・」神田は、しばらく考えて、
 「あ!それはひょっとして・・・」神田が次の言葉を言う前に、
 「弁慶の立ち往生(おうじょう)」咲姫は言い切った。
 「あーッ!! じゃあ、あの、鉄の棒に封印されている矢は・・・」
 「おそらく、弁慶の命を奪った矢よ」
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