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第23話 山の民を支配する象徴が富士山、海の民を支配する象徴が宮島、じゃあ、里の民を支配するには [ミステリー小説]

三本の矢

 「ああ、そうだわね。広島で三本の矢、サンフレッチェ、っていえば、毛利元就(もうりもとなり)よね。ご主人のおっしゃる通りだわ。ご主人、ありがとうございます」咲姫(さき)はカウンターの中の鉄に向かって、にこりと微笑(ほほえ)みお辞儀をした。

 「へへ、こりゃ、面目ねえ。おい、おとみ、聞いたか。ちったー、亭主を敬(うやま)えってこった」鉄は冗談ぽく腕組みをして胸をそらした。
 「まあ、あんたもすぐ調子に乗ってホホホ」と、女将は咲姫に向かって笑った。
 キャシーもその様子を見て笑顔を浮かべてた。

 「毛利元就(もうりもとなり)、三本の矢、源頼朝(みなもとのとりとも)、・・・」咲姫(さき)にはこれらを繋(つな)ぐ細い線が見えてきた。

 「お待たせをいたしました」女将(おかみ)が料理と酒を運んできた。
 「ワオー、これもおいしそうですね」キャシーは目を丸くしてさっそく料理に箸(はし)をつけようとしている。
 
 「神田(かみた)君、分かってきたわ。頼朝が何を怖がっていたのか」咲姫は、ずっと遠くを見つめるような目をして考えをまとめようとしている。

 毛利元就がどう関係してくるというのだろう?神田には絡(から)んだ糸にもう1本の新しい糸が絡まり始めたとしか思えなかった。

 「神田君、頼朝の敵は誰だった?」
 「そりゃあ、平清盛(たいらのきよもり)だろう」神田は料理に箸をつけながら言った。

 「そうね。それと、頼朝が恐れた人物がもう一人いるわ」
 「え、誰?」
 「義経よ」
 神田の頭の中で、糸はますます絡まり始めていた。



 「義経?しかし・・・」神田の言葉を遮(さえぎ)って咲姫は続けた。
 「そう。義経よ。それと、もうひとつ聞いてもいい?東の富士山と西の宮島に三本の矢のうち二本が隠されていたわね」咲姫は膝を少しくずし、神田の顔を見た。
 「ああ、東と西、山と海の支配を目的としたと言うのが俺たちの今までの推理だったけど」そこから先がわからないんだ、と神田は思った。
 「じゃあ、もう簡単じゃない? 残りの一本の隠し場所はどこか」咲姫は、にこり、と笑った。
 「何言ってるんだよ。簡単じゃないから悩んでるんだよ」神田は口をいくぶん尖(とが)らせて言った。
 「山、海、そして肝心なものが抜けていたわ」
 「肝心なもの?なんだい、それは?」

 キャシーが山や海という言葉を聞いて話に入ってきた。
 「日本の海はきれいですね。瀬戸内海のインランドシーは、小さな島がたくさんあって、本当に綺麗(きれい)です。それに飛行機から見えた富士山は本当に美しかったです。緑に覆(おお)われた陸地に、スッ、と立つ・・・」神田(かみた)は、キャシーの言った「陸」と言う言葉を聞くと、
 「陸!! そうか、里だ。山、海、里。この3つを支配してこそ日本の完全な支配になる」神田は目を見開いた。一挙に、目の前のベールが開かれた感じがした。

  咲姫は、「当たり」、というように右手の人差し指をたてて竹刀を振る格好をした。
 「そうよ。山、海、里、これらを支配することが日本を支配することになるのよ」

 神田は咲姫の推理は真実に近付いていることを感じた。そして、
 「山の民を支配する象徴が富士山、海の民を支配する象徴が宮島、じゃあ、里の民を支配するには・・・」うーん、と神田は唸(うな)った。

 「どこを押さえればいいだろう・・・」そこまで言った時、
 「あっ、京都御所(きょうとごしょ)だ。天皇の住まいを押さえれば、これは間違いなく日本を支配することになる」神田はさらに目を見開いて咲姫を見た。

 「そうね。でもちょっと待って。源氏も平氏もルーツをたどれば天皇家へつながるでしょ」咲姫は頬杖をついて横目で神田を見た。そして、
 「頼朝にとって、京都御所は天皇家の住まい、単なる殻(から)にしか思えなかったのじゃないかしら。中身はもっと違うところにあると考えたと思うわ。」咲姫(さき)は箸を取って、折湯葉(おりゆば)の煮物をつまんだ。
 それを聞いていたキャシーが、
 「源氏も平氏もサムライではないのですか?」と、不思議そうな顔をして、咲姫(さき)に尋ねた。
 「そう、サムライよ。でもね、もともとは皇族の一員だったのよ。天皇は、その家系を未来永劫(みらいえいごう)存続させるために、妻をたくさん持っていたの。そのほうが、家系の断絶を防ぐことが出来るでしょ」咲姫はキャシーの顔を覗(のぞ)き込むようにして言った。

 「おー、それは良くないですね」キャシーは眉(まゆ)をひそめて、首を何度も振った。
 「そうね。でも、そうしなければ天皇家は続かなかったでしょうね。で、そうするうちに、皇族の人数がどんどん増えて、逆に、財政を圧迫し始めたの。それで、皇族のうちから、臣籍降下(しんせきこうか)、といって、皇族の身分から離れた一族が発生したのよ」
 「それが源氏と平氏なのですね」キャシーは大きく頷(うなず)いた。
 「だから、頼朝自身、自分のルーツは天皇にあると思っていたでしょうから、御所はそれほど重要な場所としては思ってなかったのじゃないかしら」
 「なるほど」神田は咲姫の次の言葉を待った。



 「だから、頼朝は、京都御所は天皇家の住まい、単なる殻(から)にすぎず、本当に大切なものは、もっと違うところにあると考えたんじゃないかしら」咲姫(さき)は折湯葉の煮物を一つ口に入れ、「まあ、おいしい」と、小さく言った。
 
 「というと?」神田は咲姫の口元を見つめた。
 「だって、富士山は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、宮島は、市杵島姫(いちきしまひめ) この二柱(ふたはしら)の神が関(かか)わっているのよ。残るもう一か所も、もっと天皇家のルーツに関わるところだと思うわ」咲姫のこの言葉に、
 「ルーツ?天皇の祖先ということ?」神田は手にグラスを持ったまま動きを止めた。

神田は、ルーツと言う言葉で新聞記事を思い出した。
 「そう言えば、この前の日韓共催のワールドカップを控えて、天皇ご自身が、朝鮮半島出身だってことを、ついに、言ってしまったね」
 「そう、あれは、かなり大きなご発言だと思うわ。ご自身の先祖が朝鮮半島にあることをはっきりおっしゃったんですものね」咲姫も大きく頷いた。

 「そのことにも後で関係してくると思うけど、とりあえずはもう一か所はどこか、の問題よ。それは、天皇家は万世一系(ばんせいいっけい)として連綿として続いてることを国中に知らしめることが出来る、その大元、ルーツに関わりがあるところよ」
 「国中の人達が、ここは天皇の祖先と深い関わりがあるところだ、と、知っているいるところ、ということになるな」そうすると、一か所しかないな、と神田は思い、女将のほうに向かって、グラスを持ち上げて指を3本立てた。
 「はい、おかわりですね」女将(おかみ)は頷いた。

 「天皇様の祖先に深く関わっているところね。鉄の棒の、残された一本はそこにあると思うわ」咲姫も、グイッ、とグラスを空けた。
 「そうなると、意外と簡単だね。もうひとつしかないよ」神田の声は自然と大きくなった。
 「どこだと思っているの?」
 「伊勢神宮だ」神田はそう言うと、蕪(かぶ)のクリーム煮を口に放り込んだ。そして、
 「何しろ、天皇の祖先の天照大御神(あまてるおおみのかみ)を祀(まつ)っている古(いにしえ)からの神社だし、天皇の祖先と深く関わっている神社と言えば神宮(じんぐう)、一般には、伊勢神宮(いせじんぐう)と呼ばれているけど、そこしかないだろ」と、自信をこめて言った。

 「それに、富士山の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、宮島の、市杵嶋姫(いちきしまひめ)、そして、同じく女性の神様の天照大御神(あまてるおおみのかみ)、この三柱の神様は、古代史の中でも女神トップ3といってもいいんじゃないかな。だとすると、例の鉄の棒はここに隠されているとしか考えられないだろう」と一気に考えを述べた。



 「お待たせいたしました」女将が新しいグラスを運んできた。女将はグラスを置きながら、
 「あの、神田さん。私たち、次に出雲(いずも)へ行ったときは八重垣神社(やえがきじんじゃ)をお参りしたいと思っているんですけどね、八重垣神社(やえがきじんじゃ)には、壁画があるらしいですよ」と、言った。
 「壁画?」神田は聞き返した。
 「ええ。八重垣神社には、天照大御神(あまてるおおみのかみ)と市杵嶋姫(いちきしまひめ)、が一緒に描かれている壁画があるらしいですよ」女将は空になったグラスを片付けながらそう言った。

 「ああ、そうだったわ。確か国の重要文化財に指定されているわ」咲姫も思い出したように言った。
 「市杵嶋姫(いちきしまひめ)は天照大御神(あまてるおおみのかみ)の姪(めい)っ子だし、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は天照大御神の孫のお嫁さんだよね」神田(かみた)も、自分で、そうだ、そうだ、というようにうなづきながらグラスを持ち上げ一口飲んだ。

 「そう、この三柱(みはしら)の女神は非常に近い間柄になるわ」
 「そうすると、宮島、富士山、伊勢神宮。これらの間にはなんらかの関係があって、これらの神々に頼朝は日本支配の願(がん)をかけたということだね」神田は膝を組みなおした。

 「女将さん、ありがとうございます。問題が解決しそうですよ」神田は両手を膝頭に置き、頭を下げた。
 「あら、そうですか。お力になれてよかったです」女将もうれしそうに笑った。しかし、咲姫は、
 「ありがとうございました。でも、神田君、私の考えは違うのよ」と、神田を見た。
 「え?違う?」
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