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第29話 確かに、弁慶の周りには、鉄にまつわる言い伝えが多いですね [ミステリー小説]

弁慶

 「神田のだんな」鉄が遠慮がちに言いながら、手を拭き拭き、カウンターから出てきた。
 「何ですか?」神田(かみた)は、鉄がカウンターから出てくるのを初めて見た。

 「さっきから、弁慶さんのお話をされていらっしゃるようですが」そう言って、木の丸椅子をテーブルの下から出して座った。
 「ああ、どうやら、鉄さんがさっき言った、毛利元就(もうりもとなり)の三本の矢の教えの、その三本の矢は、どうやら弁慶の命を奪った矢じゃないかってことになったんですよ」と今度は左手で右肩を揉んだ。

 「へー、弁慶さんのねー。いやね、弁慶さんと言やー、出雲(いずも)の出身でござんすからね、あっしもちょいと関(かか)わりがござんしてね」と、頭に巻いた手拭(てぬぐい)を外した。
 「あんた、もう、止(や)めときなさいよ」笑いながら、奥から女将が出てきた。
 「いえ、女将さん、面白いじゃないですか。関わりがあるだなんて。聞かせて欲しいな」咲姫も興味津津(きょうみしんしん)の顔をして振り返った。
 
 女将はテーブルを拭きながら、
 「関わりなんて大袈裟(おおげさ)なんもんじゃないですよ。ただ名前が山田鉄男だというだけなんですよ」と、軽く言った。

 「山田鉄男という名前が関わりがあるんですか?」神田は、鉄の話に興味がわいてきた。
 「いえね、あっしの親父は実は、山田一鉄(やまだいってつ)っていいやして、爺さんは山田鉄心(やまだてっしん)っていいやすんで」
 「皆さん鉄の字が入るんですね」
 それを聞いていた咲姫の顔が、ぱっ、と赤みを帯びた。
 「でも鉄さん、弁慶は紀州の出身じゃあ・・・」と神田が言いかけると、
 「とんでもねぇ。まあ、そいつぁー、よく言われるこってござんすがね、弁慶さんは、正真正銘、出雲のご出身でござんすよ」鉄は、両手を膝について、肩を張り上げて、言った。
 「弁慶さんのお生まれになった場所もハッキリしてやすし、母上のお墓もごぜえやす」顔色もやや赤くなっている。

 「もう、神田さん、すいませんね。弁慶さんの話になるとこの人ったら、いつもこうなんです」女将は苦笑いしながら言った。
 「いやね、あっしの遠いご先祖さんは出雲の出身でしてね、出雲って言やー、鋼(はがね)、鉄でござんすからね。それで、山田家の男共の名前には、みーんな、鉄、の字が入っているんでござんすよ」

 「弁慶と鉄と関係があるんですか?」
 「そいつぁー、おおありでござんすよ、神田の旦那」鉄は体を前に倒し始めた。

 キャシーは、笑みを浮かべて鉄の話を聞いている。

 しかし、咲姫の顔は赤みを帯び、真剣な表情のままだ。

「弁慶さんのお袋さんは弁吉(べんきち)さんと言いやしてね、このお袋さんが紀州のご出身でござんすよ。で、弁慶さんを身ごもった時に、あんまりつわりがひどくてね、それで、鉄の鍬(くわ)を食べて、十本目の鍬(くわ)を半分食べたときに弁慶さんをお生みになられたんでござんすよ」鉄の目は真剣そのもので、神田も笑いをさしはさむ余地などなかった。

 「鉄さん、その話は聞いたことがあるよ」と、神田が応えると、
 「そうでござんすかい」と、鉄は喜びを顔に表し、
 「おい、おとみ、さすがに、神田のだんなはご存知だぜ。こいつぁー間違えねぇーぜ」と大声を上げた。

 「何しろ、弁慶さんは、お袋さんが身ごもってから十三ケ月目の仁平元年三月三日にお生まれになり、そのお姿は髪も長く、歯が二重に生えて、すでに二、三歳児のようだったってんですから驚くじゃありやせんか」と、腕組みをして、しきりにうなずいた。

 鉄は、右手で左肩をさわり、
 「さらに左肩には、摩利支天、右肩には、大天狗、の文字があったんでござんすからねぇ。立派なもんでごぜえやすよ」とますます声が大きくなった。
「鉄さんは弁慶のことに詳しいんですね」神田は笑いながらも、鉄の意外な面を見て驚いた。
 「へへ、こりゃ、面目ねえ。あっしは、小せえ時分に、爺さんから、弁慶さんについちゃあ、さんざん聞かされていやしたからね。それで、あっしも弁慶さんのように薙刀(なぎなた)を背負って歩きたかったんでござんすよ」
 
 それを聞いた女将が、
 「ぷっ」と吹きだしたが、鉄はそれには構わずに、
 「それが、へっ、どこでどう間違っちまったか、匕首(あいくち)を持って、・・・へっ、こりゃ、面目ねえ」と、話を続け、右手を頭にやった。

 神田は、鉄の話を聞いて、
 「うーん、確かに、弁慶の周りには、鉄にまつわる言い伝えが多いですね。さっきの、お袋さんが十丁の鍬(くわ)を食べて弁慶を生んだとか、全身は鉄で覆われていたけど、のどぶえの四寸四方だけはむき出しだったとか」
 「弁慶さんの泣き所ってやつでござんすね」
 
 「今では、七つ道具って言えば選挙の七つ道具なんかによく使われる言葉だけど、もともとは、弁慶が背負っていた・・・」神田は弁慶の姿を頭に描きながら指を折って道具を数えた。
 「薙刀(なぎなた)や鉄熊手(てつくまで)、鉞(まさかり)大槌(おおつち)、のこぎり、なんかを言ったんでしょ?それらは全部、鉄を使って作られた道具ですからね。あと、さすまた、と・・・何だったかな・・・」と考えていた時、
 「源平の合戦の後、弁慶さんが義経さんとご一緒に、出雲へいらした時にゃあ、大山寺の釣鐘(つりがね)を、昔、弁慶さんが修行をなすった鰐淵寺(がくえんじ)まで担(かつ)いで帰られたんですからね。立派なもんでござんしょ!?」と、鉄が自慢げに言った。

 「エ、ええ、まあ。それに、出雲は砂鉄発祥(さてつはっしょう)の地ですし、鉄にまつわる話は古事記の昔からありますからね」確かに、鉄の話になると弁慶の周りにはたくさんある。

 「へい。八岐大蛇(やまたのおろち)のお話も、そうでござんしょ?」と、鉄は神田に聞いた。
 キャシーが、
 「オロチ、って何ですか?」と鉄の顔を見た。
 「大きな蛇でござんすよ。ドラゴンって言うんですかい?英語では?」
 女将が、テーブルを拭きながら、またもや「ぷっ」と吹いたが、鉄は、それには構わず、
 「そいつは、こう、頭が八つ、尻尾(しっぽ)も八本ござんしてね」と身振り手振りで話し始めた。
 「目はホウズキのように赤く、体には苔(こけ)や桧(ひのき)、杉なんぞが生えていやしてね、腹はただれていつも真っ赤な血が流れていやして・・・」ここまで言うと鉄は立ち上がり、
 「その体は、八つの谷と八つの峰にまたがるほど大きかったと言われているんでござんすよ」と、両手をいっぱいに広げた。

 その話を聞きながら、神田は先日の宮島の山津波を思い出した。
 そして、昭和20年の枕崎(まくらざき)台風で発生した山津波は、先日、神田達が経験した山津波の数倍の規模であったことを思うと、まさに、大きな岩をゴロゴロと転がし、流れてくる途中でなぎ倒した大木を泥流(でいりゅう)に突き立て、大きく波打って谷を流れる様子は、八岐大蛇(やまたのおろち)が獲物を追いかけている様(さま)そのものであったことだろうと思った。
 
 そして、その時発生した、山津波は、何百トンもの土砂で紅葉谷(もみじだに)を埋め尽し、その土砂の中から、鉄の棒が発見されたのだ。
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