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第4話 富士山頂では、自然が、神の怒りとなって、命の存在は微塵(みじん)も許さないかのように荒れ狂い [ミステリー小説]

 2005年(平成17年)9月 富士山

 宮島に大きな傷跡を残して台風14号は日本海へ抜けた。しかし、この台風は、そのゆっくりとしたスピードもあって、秋雨前線を刺激し、九州に上陸する以前には、すでに激しい雷と共に記録的な豪雨を関東地方にもたらし、首都東京にも床上、床下浸水など大きな被害を与えていた。

 そして、富士山頂では、自然が、神の怒りとなって、命の存在は微塵(みじん)も許さないかのように荒れ狂い、雨と風は人工の建物に襲いかかった。すでに登山シーズンも終わり、多くの山小屋は営業を終え無人となっている。そして、期間中は登山者でにぎわう郵便局や富士山本宮浅間大社奥宮(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃおくみや)の扉も固く閉ざされている。

 浅間神社奥宮のすぐそばにある富士山頂館の主(あるじ)は、台風の接近によって下山時期をいつもより遅らせ、この夜は山小屋の中で過ごした。そして、雨の上がった翌朝、下山する前に奥宮(おくみや)へ手を合わせるために、鳥居のところへ来て、奥宮の屋根の一部が陥没していることに気付き、携帯電話で富士宮市にある富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)に連絡を取った。

 2日後、浅間大社職員が富士山頂へ奥宮の整理と補修のためにやってきた。
 本殿内は一部土砂で埋まっていた。
 「なんでしょう。これは?」一番若い職員が、シャベルですくった土砂(どしゃ)の中に変なものを見つけた。
 「なんだ?」もう一人の職員は、腰に手を当て、背伸びしながら、すくい上げた職員が手にしたものを見つめた。
 「なんだろう」他の職員たちも集まってきた。
 「巻物かなァ?」
 「こんなものあったかなァ?」
 「いや、記憶にないな」そういって、職員たちは雲の見える天井を見上げた。
 「とりあえず、先にここを片付けよう。ところで、写真は撮ったかい?」
 年長の職員が言うと、
 「いけね、忘れてた」そう言って、ザックからデジカメを取り出し、作業前の状況を記録した。



 富士山頂は、酸素濃度は平地の3分の2で、厳しい自然環境は北極圏なみである。雨は下から降り、夏でも雪が降る。強風が吹けば岩さえも転がる。台風14号はこの時日本海のほぼ真ん中あたりに達していたが、何しろ富士山は日本一の独立峰であるため、風の影響をもろに蒙(こうむ)る。自然の神に許しを請いながらの作業は時間がかかった。1日がかりでようやく作業を終えた神社の職員たちは下山の準備にとりかかった。

 「ちょっと、作業終了の記録を・・・」
 そう言って職員の一人はデジカメで社殿内の写真を撮り、最後に5人全員の写真を撮った。
 「これ、どうしましょう?」最初に鉄の棒を発見した若い職員が、その棒を握って、年長の職員に聞いた。
 「宮司(ぐうじ)の指示を仰(あお)ごう」そう言うと、携帯で写真を撮り、メールに添付して本宮のパソコンに送った。
 「なんだろうな、この模様は?」職員の一人が鉄の棒を見ながらつぶやいた。
 「文字のようでもあるし、模様のようでもあるし。結構古い感じがするよね」
 「けど、こんなもん、どこにあったんだろう?」
 「土砂に混じってたってことは、土砂と一緒に流れ込んだってことかな?」
 「さあー、祭壇の中にあったのかも」
 「どうなんだろうね」

 そうこう言っているうちに、その鉄の棒は、「祭壇にお祀(まつ)りしておくように」と宮司から電話があった。
 「祭壇に?」年長の職員はいぶかしげに首をひねったが、指示通り、祭壇に鉄の棒を供え、忘れ物はないか最終チェックをし神社の扉を閉じ、施錠して下山した。




2005年(平成17年) 広島・宮島 

 神田(かみた)は今、歯向かう老犬を見るような、あの男の獅子のような眼を思い出していた。そして、あの「暴力団襲撃事件」のときに抱いた闘争心が湧き上がってくるのを感じている。
 「老犬になるにはまだ早いだろう、エエ?」濡れたシャツの下にある贅肉(ぜいにく)を触り、そう口にして、ゆっくりと走り始めた。この尾根を登りつめると宮島の東のピークにたどり着く。そこには宮島ロープウェイの終点駅「獅子岩駅(ししいわえき)」があるが、ロープウェイはまだ動いていない。獅子岩から弥山本堂(みせんほんどう)へは緩やかなアップダウン道でつながっており、そこから巨岩が折り重なる弥山頂上へはやや急な上りとなる。
 
 神田には、今日は頂上へ登る体力は残っていないので、紅葉谷を下ることにした。1945年(昭和20年)の枕崎台風で土砂崩れをおこした谷だ。下り始めて10分ほどで、膝がガクガクと笑い始めた。登山道脇の石に腰を下ろしてスポーツドリンクで水分を補給しながら、宮島は豊かな原始林に包まれていることを実感した。さっきまで降っていた霧雨で一層深みを増している。その時、下から、弥山頂上のレストハウスの主(あるじ)が登ってきた。

 「やあ神田(かみた)さん。こんなところで何を?」
 「いや、ちょっと、状況を見ておこうと思って・・・」
 「そうですか。ご苦労さまです。私も、上のほうが気になって。それにしても、大聖院の参道が、あんなことになって、大変ですね」
 「そうですね。復旧までには相当時間がかかるでしょうね」
 「それはそうと神田(かみた)さん」
 「エ?」
 「何でも、外人の大男を捜してるとか聞いたんですが」
 「そうです。こそ泥ですがね」
 「私は、見たんですよ。台風の前の日に」
 「え?どこで」
 「頂上でですよ。大きなザックをかついでね。ツルツル頭でしたよ。頂上の大岩に、こうやって、両手をあてて、ジッとしてたんですよ」そう言って、主(あるじ)は頭を下げて両手をそばの大岩に当て、岩に体を預けるような格好をした。
 「ちょうどこんな風に、なんか、こう、岩に祈りを込めるというか、岩から霊気をもらうというか、そんな格好でしたよ」
 「で、その後(あと)は?」ペットボトルを手にしたまま神田は聞いた。
 「さー、私が下山する時にはまだ展望台の上にいましたからね」主はタオルで首筋の汗をぬぐいながら答えた。
 「警察には?」
 「いえ、まだ何も。さっき、下で聞いたもんですからね。後でいいか、と思って」と、悪びれずにタオルを頭に巻きながら言った。
 「ビデオに写っていたのが、台風の3日前。と言うことは、その翌日、弥山頂上へ登って・・・、その日は、夜まで頂上にいた・・・ということになるな」神田は両膝に手をやり、立ち上がりながら思った。

 宮島観光推進協会の事務所に出勤する前に一度自宅へ帰ってシャワーを浴びた。着替える時、携帯の着信ランプが点滅しているのに気がつき、神田(かみた)は事務所に電話を入れた。
 「あ、神田さん。先ほど高見刑事さんから電話がありましたよ」
 「へー、なんだろ?ありがとう。電話してみる」
 「いえ、なんだか、もうこっちへ向かってると言うことでしたから、そろそろお着きになるんじゃないですかね」
 「あ、そう。じゃ、私も、すぐにそっちへ行くから」
 神田の自宅は事務所から歩いて10分のところにある。今まではその距離をバイクで通勤していたが、今日からは軽いランニングで通勤することにした。

 事務所で朝刊各紙をチェックした。各紙とも台風被害の記事と写真がトップを飾っている。今回の台風14号は典型的な雨台風で、各地に雨による大きな被害を残している。東京でも雷雨で首都機能が麻痺し、再び「危機管理」の重要性を訴える記事が目に付いた。社会面でも、宮島をはじめ各地の被害の状況が細かく伝えられている。
 神田は、その中のひとつの写真に眼が釘付けになった。鉄の棒と同じものが写っているのだ。



 「神田(かみた)さん」
 「神田さん!!」
 何度か呼ばれて、顔を上げると、高見刑事が立っていた。今日は背広にネクタイ姿だ。
 「え?あっ、これは失礼しました」そう言って、新聞をたたみ、椅子の横に置いて立ち上がった。
 「どうしました?ボーっとして」心配そうに顔を覗き込んで、「少しお疲れじゃないですか?」と言った。

 高見刑事の後ろにはキチッと背広を着こなした男が4人立っている。
 「紹介させていただきます。こちら、警察庁、外事課の鈴木刑事。それと・・・」
 「警察庁?外事課?」神田は「はぁ?」という顔で高見を見た。事務所内にいた職員も全員、緊張の面持ちで男達と神田の顔を見た。高見刑事は、それには構わず、紹介を続けた。
 「そして、こちらの方々は、中国大使館の・・・」そう言いながら、内ポケットから名刺を取り出してパラパラとめくったが、「中国大使館の・・・」と紹介された男達は順に、
 「カクといいます」
 「サイといいます」
 「ショウといいます」
 日本語で、それぞれが、例文通りといった感じで自己紹介した。
 「中国?・・・大使館?・・・」
 いづれも立派な体格をした40代くらいの男達だ。
 「何事だ・・・?」神田は名刺を出しながら事態を理解しようとした。



 「この男たちには見覚えがある。どこだったか?」そう考えていたとき、高見は、
 「今回の一件は、こちらの鈴木刑事が引き継がれます」そう言って、神田(かみた)から目をそらした。
 「それで、何か?」神田は鈴木刑事を見つめた。
 「実は、例の鉄の棒ですがね」鈴木刑事は背広のうちポケットから書類を出しながら言った。
 「はい」
 「外交ルートを通じて協力要請が来ましてね」そう言って、その書類を神田の方へ向けて渡した。
 「協力要請?」そう言いながら、神田は書類に目を通した。
 「ええ。ところが、正式に市のほうへ要請しようとした矢先、今回の件が起こったというわけです」神田から戻された書類を丁寧にたたんで封筒に入れながら、鈴木刑事は中国大使館の職員だと紹介された男たちのほうに向かって言った。
 「既に、こちらの方々は、その現物を確認されていまして」
 そう言われて思い出した。あの大男と一緒にビデオに写っていた男たちだ。
 「あの棒は、我が国にとって重要な物なのです。あなたは、あの棒がどこにあると思いますか?」最初に名乗ったカクという男が直接的な言い方で聞いた。冷たい声だった。
 神田は、この男の眼が不自然な動きをしているのに気がついた。



 「そんなことは分かりません」神田(かみた)は少しムッとしながら答えた。
 「あの台風の晩に盗まれたきりですから」事務所の女の子が立ち上がって、コーヒーメーカーのところに行こうとしたのを目で制した。

 「それに、私は観光推進協会の一職員にすぎませんから、捜査にご協力はさせていただきますが、私自身で捜査する権限も、またその気もありませんし」
 高見刑事は、白髪頭(しらがあたま)に手をやり、上目遣(うわめづか)いで神田を見た。
 鈴木刑事もネクタイの結び目に手をやりながら、天井を見上げている。

 「言てること理解します。私、日本語、上手でないですから、気分害したら、謝ります」カクと名乗った大使館員はそう言いながら内ポケットに手をやり、プルプルと震えている携帯電話を取り出し、右目だけ動かしてボタンを押した。左目は義眼であった。
 「あなたは、犯人と接触した一番の人です。ちょと、失礼します」そう言って携帯に出た。
 カクは二言三言(ふたことみこと)電話で話し、
 「鈴木さん、急用ができました。私達、これから東京に帰らなくてはいけません」そう言いながら、連れの二人に顎(あご)をしゃくって指示を出した。
 「それはまた急な。たった今、着いたばかりですよ。まだ、宝物館の館長にも話を聞いていないし、・・・」
 カクは鈴木刑事の言葉を手で制し、
 「高見さん、代わりにお願いします。後日、報告は鈴木さん宛てにメールでお願いします」
 そう言いながら、もうドアのほうに向かっていた。鈴木刑事もあわてて後に続いた。
 「ご協力感謝します。ではまた後日お会いしましょう」カクはドアの手前で振り向き、そう言って出て行った。
 「お騒がせしました。何か進展がありましたら連絡お願いします」鈴木刑事は、やれやれ、といった顔をして、神田と高見にそう言って、頭を下げ、ドアを閉めた。



 「いったいどうなっているんですか?」神田はそう言うと、ドッカ、とソファーに腰を下ろし、高見にも座るよう促(うなが)した。
 「さあ・・・」と、言いながら、高見も椅子に腰掛けた。
 「私も、何も聞いていないので・・・。何だか、ややこしくなってきたなァ」そう言いながら、また、白髪頭に手をやった。

 「あっ!!」神田は椅子から飛び上がった。
 「何ですか!!ビックリした」高見も、ビクッ、として背を伸ばした。
 「これですよ」そう言って、新聞をめくって、台風被害の写真のひとつを指さした。それは「富士山頂にも被害が」という見出しで、富士山本宮浅間大社奥宮(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃおくみや)の被害状況の写真が載っている所だ。社殿内の被害の様子が写っている。
 「へー、今回の台風は大変だったなー」
 「そうじゃないですよ。これ、これですよ」そういいながらルーペを持ち出し、写真をジックリと見た。

 「これだ。やっぱりこれだ」
 「何なんですか」高見は新聞を覗(のぞ)き込んだ。
 「これですよ。宝物館にあったのは!!」あの鉄の棒が写真の端のほうに写っている。
 「ええ!?なんでまたこんなところに?」
 「いいですか。富士山頂の被害は宝物館の一件よりも2日、3日前のことですよ」
 「・・・ってことは、同じものが二つあったってことですか?」 
 「そうなります。今の大使館の連中の慌(あわ)て方は、大使館もこの記事を目にしたんじゃないですか?」
 「それで、帰って来い、って言う指示が出たってことか」
 「いったん東京に帰って、どうするつもりだろう?」
 「ここ、宮島と同じように外交ルートの圧力で、その鉄の棒を頂いちゃうんじゃないですか?もっとも、ここ宮島では誰かに先を越されちゃいましたがね」
 そう言ってふたりは顔を見合わせて黙った。

 その頃、東京新宿のホテルの一室では、大男が新聞を食い入るように見つめていた。
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