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第35話 毘沙門天が深いところで、アイヌ民族のような先住日本人の代表である猿田彦に繋がっている [ミステリー小説]

先住日本人

 神田(かみた)は、頭から熱いシャワーを浴びながら、足元の排水口へ流れ去る湯の流れを見つめていた。その先の暗い闇の中に体ごと吸い込まれるような錯覚にとらわれ背中が冷たくなるのを感じた。

 シャワーを浴び終えて、宮島観光推進協会の事務所へ行く途中、高見刑事から電話があった。

 「おはようございます。高見さん、早いですね」
 「ええ、木野花(このはな)さんたちは今頃は広島の平和資料館だと思いますよ・・・はい、祈念館(きねんかん)は木野花(このはな)さんも見学したことがないって言っていましたから、そちらも見学して、午後から静岡に帰る予定みたいです」
 「はい?お昼前ですか?いますよ。ちょうど良かった。私も高見さんに報告しなきゃいけないことがあるんですよ・・・それは、・・・ちょっとややこしい話なので、こちらでゆっくりと・・・で、何か?・・・はい。じゃあ、お待ちしています」

 高見刑事の声は何だか沈んでいた。どうしたんだろう?

 11時を過ぎた頃、高見刑事が事務所に姿を現した。
 白髪頭に手をやりながら、
 「いや、いや、参りましたよ」そう言って、、ソファーのいつもの場所に腰掛けた。
 「なんですか?」神田は事務椅子に腰掛けたままクルッと向きを変えた。
 高見刑事は
 「いやぁ、警察庁から今回の件は手を出すなって、お達しですよ」と、頭を2、3度掻いた。
 「へー、いったいどうして?」
 「さあ。もっともこの一件は例の中国大使館が口を出してからは私たちの手からは離れているんですがね」高見刑事はそう言いながら上着のボタンを外した。
 「まあ、そうですが、警察庁から、再度言ってきたってことは何かありますね、これは」神田は回転椅子を、ギイ、ギイと左右に回しながら言った。
 「だから、神田さん。神田さんも、もうこの件からは手を引いてください。お願いしますね」高見刑事は背を起こし、神田の顔を覗(のぞ)き込むように言った。

 神田はニコリと笑って、
 「分かっていますよ。私も別に犯人探しをしているわけじゃありませんからね」と、椅子を揺らしながら言った。そして、
 「ただ、三本目の鉄の棒の隠し場所が分かったんですけど、どうしましょう?」と、高見刑事の反応を窺(うかが)うように言った。
 高見刑事は、
 「え?分かった?」そう言って、目を見開いた。
 「どこですか、それは?」高見刑事は身を乗り出した。
 「熱田神宮(あつたじんぐう)に隠されている可能性が非常に高いんです」神田も体を前へ倒し、両肘(りょうひじ)を両膝(りょうひざ)の上に乗せて前かがみになった。

 高見刑事は、背広のポケットから手帳とボールペンを取り出し、
 「熱田神宮って、あの名古屋の?」と確認した。

 「ええ、どうやら、鉄の棒そのものの意味は、源頼朝の日本支配を確立するためだったようなんです」ここまで言って、
 「高見さん、もうメモの必要はないでしょう」と言うと、
 「いやいや、これは習慣でしてね」と、ボールペンの芯を、カチッ、と引っ込め、苦笑いを浮かべた。

 高見刑事は、
 「なんだかよく分かりませんが・・・」と怪訝(けげん)そうな表情を浮かべ、
 「で、どうして三本目の鉄の棒が熱田神宮にあると?」
 「頼朝は、日本を支配するためには、山、海、そして里、これらを支配下に治めることが必要になると考えたわけです」神田は咲姫(さき)の推理であることをことわってから説明を始めた。

 「なるほど」
 「で、富士山と宮島に鉄の棒を封印し、もう一か所、最も頼朝に関わりのあるのが熱田神宮なんです。なにしろ、頼朝の母親は熱田神宮の神官の娘ですから」
 「へー」
 「それに、日本三大宮司は富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)の宮司と厳島神社の宮司、そして熱田神宮の宮司なんですよ」
 「へー」
 「そして、日本の支配者の証(あかし)である三種の神器(さんしゅのじんぎ)の・・・」ここまで言うと、高見は顔を上げ、
 「銅鏡(どうきょう)、・・・勾玉(まがたま)、・・・草薙の剣(くさなぎのつるぎ)ですね」とゆっくりと言った。
 「そう。良くご存知ですね」
 「これくらいはね」高見は右手のボールペンで白髪頭を掻いた。

 「鏡は海の支配、勾玉(まがたま)は山の支配、そして草薙(くさなぎ)の剣(つるぎ)は里の支配を象徴するものだ、と言うのが木野花(このはな)さんの推理です」
 「そして、草薙の剣は現在、熱田神宮の祭神になっているんです」

 「うーん。なるほどねぇ」
 「さらに、この三つの神社の神使(しんし)は・・・」
 高見はその言葉を継いで、
 「たしか宮島の神使は烏(からす)でしたね」と言うと、神田は、
 「そうです。そして、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)の神使は猿、熱田神宮の神使は鷺(さぎ)。これらは皆、水先案内人の役目を果たす動物なんですよ」と言いながら、改めて咲姫の推理に感心した。

 「こいつは驚いたな」高見刑事は腕組みをして目を閉じた。

 「高見さん、驚くのはまだ早いですよ」神田はにこりと笑った。
 「え?まだ何かあるんですか?」高見刑事は腕組みをほどいて神田を見た。
 「三本の鉄の棒の中には矢尻が封印されていたでしょ?」
 「ええ」
 「あれは、毛利元就の三本の矢の教えの元になった矢なんですよ」
 「まさか」高見は、信じられないと言う表情を浮かべ、小さな声でつぶやいた。

 「源頼朝の腹心に大江広元(おおえのひろもと)と言う人物がいて、この人がそもそもこの三本の矢を鉄の棒に封じ込めて宮島、富士山、熱田神宮に祀(まつ)ることを進言した張本人なんです」神田は回転椅子の背もたれに背中を預けた。
 「へー、それが三本の矢の教えと何か関わりが?」高見刑事は、さらに不思議そうな顔をした。
 「彼は毛利元就の祖先になる人物です。そのことが形を変え毛利家代々へ伝わったものだと思われます」
 「へー」高見刑事は語尾を長く伸ばし、
 「しかし、一体何のためにそんなことを?その矢っていうのに何か因縁(いんねん)でも?」と、尋ねた。
 「その矢は、弁慶の体を射た矢なんです」神田は、高見刑事の反応を楽しむかのようにニコリと笑いながら言った。
 「あの弁慶の立ち往生の・・・時の?」 
 「そうです。義経の首と、弁慶の命を奪った矢の2点セットを頼朝に見せる予定だったのですが、義経の首は腐敗が激しくて、頼朝が首実検をする前に処分されてしまって・・・」神田(かみた)はそう言いながら立ち上がり、
 「コーヒー?」と聞いた。高見刑事は軽く頭を下げ、
 「あーあ、それは聞いたことがありますよ」と応えた。

 「それで、まだ義経が生きているんじゃないかと不安におののき政(まつりごと)に専念できない頼朝を見て心配した大江広元(おおえのひろもと)が、義経に常に付き添い、分身ともいえる弁慶の命を奪った矢を封じ込めることによって義経と弁慶の怨霊(おんりょう)を閉じ込めようとした、というのが、あの三本の鉄の棒に込められた秘密ではないかと・・・」サーバーのところで振り返って高見刑事を見た。

 「うーん・・・」高見刑事は目を閉じて両手を頭の後で組んだ。
 神田は、
 「で、その弁慶は義経のいわば水先案内人だった訳でしょ?」と念を押し、さらに続けた。
 「つまり、弁慶は、天孫降臨(てんそんこうりん)の時の猿田彦命(さるたひこの みこと)と同じ役目を果たしているんですよ」こう言って、サーバーからポットを引き出してコーヒーをカップに注いだ。

 「ここ宮島には猿田彦命(さるたひこのみこと)をお祀(まつ)りしている神社が多くて、さらに、水先案内人の役目を担った神様を祀った神社も多いんです」こう言いながら、カップを高見刑事の前のテーブルに置いた。

 「今朝、弥山の本堂で気がついたんですが、像はないものの、弥山の本堂に祀られている毘沙門天(びしゃもんてん)こそは猿田彦命じゃないかってね」
 「毘沙門天が猿田彦と同一だってことですか?」と、高見刑事はいくぶん声を低め、確認するように言った。
 神田は自信を込めた声で、
 「そうです。もともと毘沙門天は北からの侵入者を防ぐという役割があるんですが、そこから北斗七星や北極星との関わりも深いんです」
 「ほう」
 「北斗七星や北極星を大事にしている人達の代表的な職業の人達は誰かというと・・・」
 「船乗りかな」高見刑事は神田の言葉を遮(さえぎ)って言った。
 「そうです。大海原(おおうなばら)で唯一目標となるのは北斗七星や北極星なわけで、水先案内人にとっての神様は毘沙門天じゃないかと思いついたんです」

 「なるほどねぇ」
 神田は、コーヒーを一口飲み、
 「上杉謙信は自分を毘沙門天の生まれ変わりだと言っていたらしいけど、まさかそこまでは思わなかったでしょうね」と、言い、さらに、
 「イラクに派遣されている自衛隊の装甲車の車体に毘沙門天の、毘、の字が書いてあるのは北を守る北海道の部隊だとか、謙信のように戦(いくさ)の神様だからという理由でしょうけど、その毘沙門天が深いところで、アイヌ民族のような先住日本人の代表である猿田彦に繋がっている、というのは北海道の部隊の装甲車だけに面白いですね。」と続けた。

 「つまり、ここ宮島は、猿田彦だらけってことになるわけか」高見刑事は、ボールペンで白髪頭を、ポリポリと掻いた。
 「そういうことになりますね」
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