SSブログ

第31話 義経の案内役として先導者の役割を担(にな)っていた弁慶はまさに天狗の役割を演じていたことになる [ミステリー小説]

 女将(おかみ)がお茶を運んできた。鉄が居る土間のテーブルの上に盆を置き、湯飲みを一つずつ座敷のテーブルに置いた。

 「神田君は、弁慶、と聞いて、何を思い浮かべる?」と、再び、咲姫の謎かけが始まった。
 「そうだなー。まず、体が大きいことかなぁ」と腕組みをした。
 咲姫はさらに、
 「顔つきとか、たとえば、色のイメージでいうと何色?」とたずねた。
 「顔は、色黒で、髭(ひげ)が濃くて、どちらかと言うと日本人離れした彫りの深い顔かな。色のイメージだと、やはり黒、だろうな。衣(ころも)の黒のイメージがあるしね」と腕組みをほどいてお茶を一口飲んだ。

 「そうね。源平盛衰記(げんぺいせいすいき)にも、弁慶の姿は黒の鎧(よろい)に黒の冑(かぶと)、黒漆(くろうるし)の刀に黒羽の矢を背負っていたというふうに書かれているのよ」と、お茶の入った湯飲みを両手で包んだ。
 「へー、そうなんだ」神田は、湯のみに手を副えたまま咲姫(さき)の話に聞き入った。

 「私は、弁慶とカラスのイメージが重なってしまうのよ。どう?」
 「んーん」神田は、湯飲みから手を離し、腕組みをして、
 「確かに、そうだな」と言った。
 「常に義経の先鋒として道案内、ナビゲーターの役割を担っているのは、神武天皇(じんむてんのう)の東征の時の八咫烏(やたがらす)と同じじゃない?」咲姫はさらに説明を加えた。
 「なるほど。八咫烏(やたがらす)の八咫(やた)って大きいって言う意味だから、弁慶とピッタリ重なるな」そう言って、神田は突然、あの大男が富士山の山頂から飛び立った姿を思い出し、愕然(がくぜん)とした。
 「まさか・・・そんなことは・・・」



 宮島の弥山(みせん)からも同じようにして飛び立ったあの大男が、八咫烏(やたがらす)のイメージと、そして、弁慶のイメージと重なったのだ。

 キャシーは座敷を下りて、カウンターへ行き、鉄となにやら楽しげに話している。

 「どうしたの?」咲姫は神田のやや血の気の失せた顔を覗き込んでニコッと笑った。
 「当ててみましょうか。神田君は今、富士山頂から、中国人に追われて飛び立ったあの大男のことを思い出しているんでしょ」ズバリであった。

 考えてみると、今回の件は、あの謎の大男の出現から始まったのだ。全身を黒く塗ったあの大男は、八咫烏(やたがらす)を表わそうとしていたのだろうか?まさかそんなことはないだろう。単なる偶然の一致だろう。



 しかし、厳島神社の神殿を造営する場所も、烏(からす)の導(みちび)きによって今の場所に決められたという言い伝えは何を伝えようとしているのだろうか。今に残るお烏喰式(おとくいじき)の行事は俺たちに何を伝えようとしているのか?
 厳島神社の神使(しんし)が烏(からす)であるのには深い理由があるのではないだろうか。
 お烏喰式(おとくいじき)の烏(からす)は紀州の熊野へ帰って行くという言い伝えは、弁慶と宮島の関わりを暗に示しているとも考えられるではないか。

 「それに、弁慶にはもうひとつ、天狗のイメージもつきまとっているのよね」咲姫はさらに話を続けた。
 確かに、弁慶の大柄な体に纏(まと)った修験道の衣装や、日本人離れした顔は、鼻の高い天狗のイメージがある。

 神田は小学生のころには廿日市(はつかいち)の秋祭りを楽しみにしていた。祭りになると、同級生と連れ立って廿日市の商店街に出かけたものだ。
 その祭りの神輿(みこし)の先頭には必ず天狗の面をかぶった若者が歩いていた。そして、その天狗は、時折走り回って、周囲の見物客を金剛棒で蹴散らしていたのを覚えている。子供達は、その天狗をからかうのを楽しみにしていたものだ。

 義経の案内役として先導者の役割を担(にな)っていた弁慶はまさに天狗の役割を演じていたことになる。
 


 宮島には、その天狗(てんぐ)にまつわる言い伝えが多く残っている。神田は何年か前、「宮島町史」に載せるために、宮島の伝説の調査をしたことがある。50人を越える島の古老達から昔の行事や、わらべ歌とともに、言い伝えられてきた伝説の聞き取り調査をした。

 そして、天狗にまつわる多くの言い伝えがあることに驚いた。雪の日には、厳島神社の本殿の屋根には天狗の足跡が現れるとか、天狗は、年末になると、弥山(みせん)の頂上に松明(たいまつ)を点(とも)し、頂上からカーン、カーン、と、拍子木(ひょうしぎ)を打つというのだ。

 古老達は、幼い頃には、実際に何度もその音を聞いたことがあるという。また、ある古老は、天狗が打ち鳴らす太鼓に誘われて山に入り込んだ人を助けたことがある、と、自慢げに語ってくれた。
 


 今年(平成17年)の5月5日に消失した霊火堂の裏の岩に、天狗の顔が影になって現れているのはよく知られている。
 咲姫(さき)は、神田(かみた)の考えていることを見通したかのように、
 「キャシーと一緒に弥山(みせん)に登ったときに、三鬼堂の中にお邪魔したけど、お堂には天狗のお面がたくさん飾ってあるでしょ。あれって、宮島の象徴じゃないの?」と言った。

 「なぜ?」神田は、咲姫に自分の考えていることを覗かれているような気がした。
 「だって、さっきの弁慶と烏(からす)の話。そして、神田君も思ったでしょ?その、神田君が見たっていう大男のこと」と、強い口調で言い、さらに、
 「キャシーとJRで宮島口に着いて、桟橋に向かって歩いて、最初に気がついたのは桟橋前にある像よ」と言った。
 「像?ああ、あの桟橋前に建てられている、舞楽(ぶがく)を舞っている形の像のこと?」神田は、宮島口のロータリーにある像を思い浮かべた。
 「ええ、あの面はまるで天狗の顔じゃないの」
 「確かに、舞楽の面は昔の日本人が出会ったシルクロードの西の人間の顔を模したものだろうね」神田も常々そう思っていた。

 「そして、大聖院の参道入り口で参拝者を迎えるように立っているあの像」
 「え?」
 宮島の大聖院の入り口では烏天狗(からすてんぐ)の石像が参拝者を迎えている。
 「大聖院の入り口に立つ烏天狗(からすてんぐ)の像と宮島の入り口に立つ舞楽の像。同じじゃない?」咲姫は言った。
 


 弁慶、烏(からす)、天狗これらのイメージが見事にひとつに収束していった。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。